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MIZUMA ART GALLERYを サーチ!サーチ!サーチ!

ART KYOTOで見てきたギャラリーの1つ、MIZUMA ART GALLERYの青山悟さんの作品「21世紀のクラフトリサーチ」がとてもよかったので、最初に取り上げたいと思います。画像はこちら↓


青山悟1973 東京生まれ 東京在住
2001 The School of the Art Institute of Chicago, MFA Fiber and Material Study Department
1998 Goldsmiths College, University of London, BA Textiles, Visual Art Department



こちらの図にはピカソやホックニー、ダミアンハーストなど超超超有名アーティストをグラフにしています。
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よくわかる解説!↓かなり興味津々の面白さ。
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↑の写真の構図を覚えておいてください。それから名前と配置をイメージして下さい↓
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青山さんの中ではこのように各アーティストが配置されるそうです。興味深いですよね。各アーティストの解説にもチラリと毒が盛られている人もいたりして、チャーミングな解説を楽しむことができました。


指江昌克-1974 石川県生まれ
2000 金沢美術工芸大学大学院修了卒業 石川県在住


次に指江昌克さんのこちらの「BAZZAR ed.50」という作品↓
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ノスタルジックな作品。昭和とモダンの融合を感じたのですが、私の中で昭和という時代のある一面が古くさくて、いもっぽいイメージを持っています。漫画家 西岸良平先生の描く三丁目の夕日はとても素晴らしいノスタルジーを感じるのですが、それが映像になった途端、貧乏くさいくて目もあてられない、適当な懐古主義に嫌悪があります。しかし、この指江さんの描く世界は昭和のノスタルジーを内包しているのに、タッチのせいなのか月のような地球のような球体にSFを感じるあまり、いい意味での夢世界を感じさせてくれます。そこがよかったです。

ちなみにこちらの作品は烏丸御池の大垣書店読んだ「ZIPANG」という本にもこちらと同じモチーフで「MOON」というタイトルで描かれていました。
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ミズマアートギャラリーは私が高校生の頃にスタジオボイスで取り上げられていた会田誠さんや天明屋尚さんの作品を取り扱っていて、サブカルチャー型のアート好きにはたまらないセレクトになっています。今回のART KYOTOには彼らの作品は出品されていなかったので、東京に行く機会があった時などに見ることができたらなと思いました。それでも、少ない展示数でも充実した内容を楽しむことをさせてもらうことができたミズマアートギャラリーのブースでした。


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ART KYOTO 2012を サーチ!サーチ!サーチ!2

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本日も国際会館と烏丸御池ホテルモントレの2会場で開かれたART KYOTOへ行ってきました。今日は11時からのトークショーと13時からの各ギャラリー案内トーク、そして15時のトークショーの3本立てで聞いてきました。トークショーはある意味、本1冊読むのと同じぐらいの知識を得る事ができる気がします。


11時のトークショーはART KYOTO実行委員のギャラリーneutronの石橋さんという方が司会を務め、パネラーに「観光アート」著者の山口裕美さんとMUSUBIの奥野さんという2人の方がお話をしました。

山口裕美(やまぐち・ゆみ)アートプロデューサー。「現代アートのチアリーダー」として、現代アートの応援団を作るべくウェブページ、トウキョウトラッシュを主宰。アーティスト支援NPO法人「芸術振興市民の会」(CLA)理事。e AT金沢99総合プロデューサー。学校法人KIDI学園顧問。著書に「トウキョウトラッシュ・ウェブ・ザ・ブック」(美術出版社)がある。現在は東急電鉄のラジオ、FMサルースのパーソナリティーも務めている。



トークショーの前にお三方は日本のアートシーンのネガティブな話にはならないようにしようという事でしたが、直接的なネガティブ意見はできませんが、ところどころやはり日本のアートシーンに対して嘆いていました。


それは中国や韓国のアートシーンと比べて、日本という国のアートへの取り組みがもうどうしようもないだとか、奥野さんのご経験で、海外のアートフェアの日本のブースで奥野さんが作品を買いにいったのだけれど、「よそ行き」の格好ではなかったせいで、ギャラリストに舐められるといった、人を差別する、実際にはお金をしっかり持っているし買い物にきている優良顧客であるにも関わらず、お客の本質を見抜けないギャラリストへの不満。女性はエルメスのバッグを何個も買わないでアートを買え!といったような嘆き。

確かに100万円もするバーキンを買うようであれば、素晴らしいアート作品に出会えそうです。話を聞いていて思ったのですが、世の中のカルチャーに関わる日本のシーンは全て自分が身を削って頑張っている自分のカルチャーに不満があることに気付きました。


例えば、音楽シーン。
格好いい音楽を一生懸命作っている方たちはメジャーで軽薄なマーケティング論などだけで売り上げを出せるポップミュージック(良質なポップスは除く)を非難しています。個人的な意見ですが、DOMMUNE界隈の人達はもっといっぱい売れてほしいものですね。
例えば、ファッションシーン。
こちらも音楽シーンのようにジャンルの細分化があり、ハイブランドかファストファッションの2極化が進み、中間にいるファッションブランドはどんどん潰れていっています。ファストブランドやギャル系ブランドは露骨にハイブランドのデザイン、イメージまでもパクっていて、デザインは全て出し尽くされたのではないかと思うほどです。
そして最近の私の興味の対象になっている、アートシーン。
こちらはトークショーを聞いていて、よくわかりました。日本のアートシーンって大変なんだ。アーティストがむくわれないのが他の国のむくわれなさよりも酷いということ。私達の国は先進国なのに、どうにもならないほど幼稚な子供の国であるということ。


などなど。兎に角そのカルチャーの中で頑張ろうと取り組んでいる方達ほど、そのカルチャーへの不満が沢山あるわけです。これはきっと他のどんな事にも置き換えられる話題なんだろうな、とも感じました。


印象に残った言葉は山口さんがおっしゃった「戦略なくして戦術なし」といった言葉。確かに猪突猛進では、その場は凌げても先には進めないよなと思っていたら、今度は残念な話題が1つ。来年はART KYOTOは開催されないそうです。トークショーの中で石橋さんがおっしゃっていました。今まではなんとかやってこれたけれど、実際にたったの5ヶ月の準備では準備不足すぎだそうで、じっくりしっかり今度は開催したいとのことです。次回開催される場合は今回よりもオペーレーションもコンテンツももっとボリュームアップしているよう頑張ると意気込んでおられました。



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次にブース&会場案内をしてくれるツアーがあり、それに参加してきました。おかけんたさんというダウンタウンと同世代の方が現代アートコレクターとして有名なんだそうで、ツアーナビゲーションをしてくれました。

まっちゃんと仲良しだそうです↓



実際におかさんがナビしてくれている写真がこちら↓キースへリングのシャツを着て説明中。
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時折、お笑いの方だけに小笑いを挟みながらのナビは初心者の私達にとっても聞きやすかったです。



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ナビしている時に見かけた漫画家のしりあがり寿さんの出展作品はパリで見たDAVID SHRIGLEYをかなり彷彿とさせました。まさかあのしりあがりさんがSHRIGLEYさんと繋がるとは思わなかったのですが、自分の中で勝手に気がついて何かを思い出す作業ってユニークなことだと感じるのです。これもまたアートマジックなのかもです。

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最後に聞いたトークショーは現代アートコレクターとして日本では有名な宮津大輔さんという方のトークショーです。説明はこちらを読んで頂くとして。


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この方のお話がとても面白かったです。聞けて大満足しました。サラリーマンコレクターが大富豪の方々とは違うベクトルで格好いいコレクターへの道を示してくれていました。お金が潤沢になくともオルタナティブなコレクターになれるんだなと思いました。宮津さんは昨年、台湾の台湾近代美術館で自分のコレクトして作品のキュレーターとして「Invisibleness is Visibleness」という展覧会を開催しました。その作品コレクションの映像を見せて頂きながらのお話はとても貴重でした。


こちらがその展覧会のために作られた宣伝PV↓



宮津さんが集めたコレクションが洗練された格好いいものだということがよくわかるPVです。私がこのブログでも紹介したことのあるJan Fabreの作品も持っているとのことでした。いいな〜!宮津さんはアートのドリームハウスプロジェクトやアーティストに年賀状を頼むプロジェクトを行っているそうで、今年の年賀状は田名網敬一さんが作ってくださったそうです。凄すぎる。。。本物の人って、やっぱり違うんだなということを実感しました。


ドリームハウス↓
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こちらは宮津さん所蔵作品の1つYU CHENG TAさんのビデオ作品↓0:00 - 1:00過ぎまでがそれです。



今日もトークショーがメインの話になってしまいましたが、トークショーってこんなに楽しいものだったのかという感想でした。つまらなければ席を立ってもいいし、気楽に聞けて無料で楽しめるトークショーは知識を増やすのに絶好の機会でした。明日からは私が見たギャラリーの作品をお届けしたいと思っています。よろしくお願いします。


今日も信じられないほど天気が良くて、京都議定書で有名な国際会館の外回りを散歩してみました↓
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こちらはお庭にあったイタリアの大理石を使った彫刻作品↓
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ART KYOTO 2012を サーチ!サーチ!サーチ!1

ART KYOTO 2012開幕というわけで、全くのアート素人の私が美大の現役生や美大卒の美術好き、コレクターの方に混じってみてきました。美術関連のイベントは美術関係の友達がいなければ知り合うこともなさそうなのですが、そこはやっぱりロンドンとパリで目覚めたばかりの私ですから、気を大きくもって勇気を出してまじってきましたよ。


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黒塗りの車が沢山いて、おー、お金持ちのコレクターの方が沢山いらっしゃって買いまくる魂胆だなんて、日本も立派なアート国家になったものだなと思っていたのですが、こちらの黒塗りの車は実は今回会場になっている、「国際会館」の新館長就任記念で招かれたお偉方とのことでした。。。日本がアート王国になる日は遠いと、今日聞いたトークショーでの椿昇さんの意見に私もうなずくばかりでした。


やたらに格好いい京都国際会館の設計は日本人建築家・大谷幸夫さんという方です。
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兎に角半端じゃないほど、晴れ渡る空で、気分がすこぶるよかった1日でした。この日は私のスケジュールの中でのメインはトークショーでしたので、ギャラリー回りは明日以降にしますが、国際会館とホテルモントレのどっちもかけ足で回って少しだけ気になった写真を撮ってきたので抜粋します。


小山登美夫ギャラリー展示より@国際会館↓
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マリア書房より@ホテルモントレ↓
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これホラーという解釈でいいのですかね?
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というわけで、本日はトークショーがメインだったわけです↓
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椿昇 × ヤノベケンジ × 名和晃平 さんお三方のトークショーとその次の国際会館課長の島敦彦さん×MORI YUギャラリーの森祐一さんのトークショー2本だてを聞いてきたのです。


最初のお三方のトークショーは立見が出るほどの長蛇の列でした↓
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それぞれ30分ずつ現在自分が行っているプロジェクトについてお話をしました。それぞれ3人とも偶然に京都市立芸術大学を卒業し、現在は3人とも京都造詣芸術大学で講師もしているとのこと。

椿昇さんは若手の育成と公共事業とアートの結びつきを支え、そして現在の日本のアートマーケットを嘆きに嘆き(確かにフランスパリでのギャラリーで手軽に若手アーティストの10万円〜30万円ぐらいの買える価格の作品を若者や近所の人達が買っていく光景はパリで私が見た現実でしたし、日本ではそれはない!)、浅田彰さんのレポートにある「ブリリアントな絶望を渇望せよ!」という言葉にはなるほどと思いました。

ヤノベケンジさんの作家活動は知っているつもりだけでしたが、最近では大阪府知事の橋本氏が文化への融資を減らす!発言に異を唱え、道頓堀の橋に自分の作品/巨大すぎるぐらい巨大なドラゴンの口から川に向かって、火を噴かせ、アートの底力?関西人のお笑い力?それともやっぱりアートは面白くて不思議なものという力を認めさせ、大阪府から表彰を受けにいって府庁でも、やっぱり巨大な作品を持っていって、ドラゴンに巨大な火を噴かせるって、書いてても何の事かわからないですよね?↓



こんな事していたわけです。会場も笑いに包まれて、これぞ関西のアーティストだなと思いました。

名和晃平さんのサンドイッチというグループの活動形態はまさに現代美術家のファクトリー化だと実感しました。村上隆さんも名和晃平さんもディレクターとして芸術と向き合っているんだな、やっぱり持っているチームが強いほど世界標準なのかもしれないなとわかりました。


それぞれ3人の活動形態は異なりますが、その異なり方をみて益々アートって何なのだろう?と疑問もわきました。現代アートって何?という方が正確かもしれません。


島さん、森さんのトークショーについては所属アーティスト、所蔵アーティストの説明といった趣でした。それでも私にはアートのお勉強という意味でワクワクできました。会場は本当に美術の造詣が深そうな方ばかりで、ザ・美大(又は美大卒の大人の集まり)な空気でした。中々、私のような一般の人にまで広まらないのかな、歯がゆいなとも同時に感じました。もっと、アートが身近になると楽しいのはヤノベケンジさんの作品を見ているだけでもわかることの1つでした。みんなが笑顔になる!なんてとても青臭くて恥ずかしいなあと思ってしまうのですが、ヤノベさんのやっていることって、小学生のおふざけですもん。笑うしかないですよね。



こちらはもう1つの会場であるホテルモントレ。昨日紹介した辰野金吾さんのみずほ銀行の隣にあります↓
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明日もお勉強を兼ねてトークショーを朝からじっくり聞いてみようと思います。日本語で説明をしてもらえることの快適さ!早く英語もちゃんと覚えたいものですね。。。


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辰野金吾を サーチ!サーチ!サーチ!

こちらは夜の八坂神社です↓
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明日から京都ではART KYOTOが行われるそうで、今、京都にいます。というわけで、先日の新風館の記事や東本願寺の井上雄彦氏の屏風を見たり、京都を満喫しています。京都の建築物で外せないものはとても沢山あるので、折を見てまた紹介できればと思うのですが、今回紹介するのは住んでいる烏丸にあるみずほ銀行京都中央支店を設計した「辰野金吾」です。


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辰野 金吾- 1854(安政1)~1919(大正8)〕明治・大正期の建築家。辰野隆の父。肥前(佐賀県)出身。工部大学校(東大)卒。英人コンドルに学び、イギリスに留学後、1884(明治17)東大に日本建築の講座を設け、'98東大工科大学長。1902退官し、翌年、辰野葛西建築事務所を創立。'05大阪辰野片岡建築事務所を創立。建築学会会長もつとめた。明治期建築界の開拓者・指導者である。主建築に1896日本銀行本店、1914(大正3)東京駅がある。

ご存知の方も多いかもしれませんが、旧帝国大学を主席で卒業した辰野氏は赤坂離宮を設計した同級生の片山東熊と並び日本建築史において礎を築いた人物です。主要作品を語りだすときりがないので、今回は日本銀行京都支店(1906)=現みずほ銀行について考察したいと思います。



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日本銀行京都支店は、明治39年(1906)に設計された煉瓦造の建築物です。途中変更されて、平安悪物館として利用されていたが、現在は、竣工当時の姿に復元し、1988年(昭和63年)に新設された本館と共に、京都文化博物館別館として開館している。19世紀後半のイギリス建築で見られるクィーン・アン様式に則った「辰野式」と
呼ばれる様式で、赤煉瓦と白い花崗岩の横縞が特徴的です。



こちらが現在の日本銀行京都支店=みずほ銀行↓国指定重要文化財です
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ホール↓
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建物の前を東西に延びる三条通は、江戸時代に東海道の西の起点として賑わったところで、近代になると集書院、郵便局、商店、銀行、保険会社などが建てられました。1912年(明治45)に四条通、烏丸通が拡幅されると、その賑わいは移ったが、それがかえって多くの歴史的建造物を残すことになりました。現在、三条通の新町通から寺町通の一帯は京都市の「界わい景観整備地区」に指定されています。


京都は有名なお寺などが沢山あるので、そういう場所に目がうつりがちですが、こういった近代建築や築100年以上の家がビルとビルの合間にあるので、異空間を味わえます。碁盤の目になっている道もパリを彷彿とさせるので、日本に京都があるという事がどんなに素晴らしいことかを大人になった今実感しています。建築フリークでなくとも楽しめる!明日からはアート京都のレポートをする予定です。


京都で桜を満喫しました。こちらは円山公園の夜桜。巨大でおとぎの国にいるかのような錯覚を覚えます。
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Stephan Mathieuを サーチ!サーチ!サーチ!

こちらを聞きながら読んでみてください↓


Stephan Mathieu - Kit Clayton主宰Orthlorng MusorkからのFull Swing名義での作品群、Mille Plateaux傘下の音響レーベルRitornellからの傑作「frequencyLib」(2001。英『WIRE』誌のエレクトロニック・ミュージック部門のベスト10枚にも選出された。)等により、電子音響アーティストとして不動の人気を獲得している。彼がFennesz等と並ぶ現代最高のDSPウィザードの一人であるという事実には、最早異論の余地は無いだろう。世界中のレーベルより、多数のコラボレーション作品含む、15枚にも及ぶアルバムをリリースしている一方、その才能は音楽だけに留まらず、地元ザールブリュッケンにてグラフィック・デザインやデジタル・アートの分野でも活躍し、美術大学での講師も務めている。


電子音楽の幅はとても広大で追いつくことができません。深く静かに進むその世界に身を委ねて聞いていると、ボーッと何も考えることができなくなるし、考えなくていいのかなという気がしてきます。そこが私にとってのDRONE MUSICの魅力になっています。

元々はノイズ関係は高尚すぎて理解ができないなと思っていたのですが、5年くらい前に渋谷のMODULEというクラブでMERZBOWのちょう攻撃的なノイズライブを体験して、めっきり目覚めました。MERZBOW自体は最初は聞いていると辛いし、個人的な感想でいえば家で聞く音楽ではないかもしれないけれど、それを経由して出会ったDRONEというジャンルにはめっきりハマってしまいました。


中でも一番聞いたのが stephan mathieu + taylor deupree / transcriptions↓です。
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現役の音響シーンの中でも、人気/セ−ルス共に世界トップクラスの2人による歴史的コラボレーションは、アナログレコードの元祖と言われる古いワックス・シリンダーと78rpmレコードの音をテーマに、ピアノやアコギを加えて制作した、なんとも優雅でアナログの質感がダイレクトに伝わってくる力作。2人の十八番である幾重にも連なる美しい音の響き、無限にメロディアスなその至福空間はまるで虹色のようなクラシカル・ドローン作とも言うべき、心地良さとノスタルジア満点の美しすぎる出来!その結果は、ステファン自身が「例えるなら2つの声が混じり合い、1つの歌を歌えた」というくらい納得の行く完成度の高いコラボ作品。


音源が落ちていないので紹介できませんが、どんなシチュエーションにもハマるので、重宝しています。特に読書の時にもいいですね。SHOEGAZE MUSICのまどろんだ部分が好きな私としてはそのまどろみだけを上手に抜いたような音源にメロメロになってしまうのでした。


それぞれの曲を紹介します↓
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Taylor Deupree Interview




私はいい音響セットを持っているわけではないので、音の鳴りかた響き方が伝わりにくいと思います。だけれど、いい音響セットで聞いたら、音が流れ落ちてくるような響きになっていることをこのちゃちなヘッドホンで聞いてもわかります。

ロンドンで見たA Winged Victory For The SullenとSleepingdogのライブを思い出します。心地のよかった時間は夢のように消えていくのだなということを音楽を持って伝えてくれていると思うのです。あっという間にセンシティブな気分になれます。


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BUGADA&CARGNELを サーチ!サーチ!サーチ!

Bellevilleという駅がRepublique駅の近くにあります。ロンドンで言えば、Whitechapelに似た雰囲気を持つこのエリアは中華系の方が多くいるエリアでとても街中にやんちゃなグラフィティが沢山あるファンキーな場所なのですが、そこでは最近多くのギャラリーが次々に移転、オープンをしているそうだという噂を聞いて、このエリアに足を踏み入れることにしました。


BUGADA&CARGNELというギャラリーは駅から歩いて10分。細い小道や坂道を昇り、油断すると絡まれそうなお金に不自由していそうな若者をよけて辿り着きます。辿り着いたなと思うのですが、入り口が見当たりません。付近を1周してみて気付いたのが目の前に建つ、グレーの扉の工場か大きな倉庫みたいなビルがそのギャラリーなのです↓

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ドアに何やら文字が書かれていたので寄ってみると↓ギャラリーという事が分かります。
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どうにかこうにか目当てのギャラリーを見つけると中もやはり倉庫のような空間でした↓
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複数のアーティストによる合同展です↓
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タイトルは…I should learn to look at an empty sky and feel its total dark sublime
Marc BIJL, Pierre BISMUTH, Étienne CHAMBAUD, Cyprien GAILLARD, Julio LE PARC, Nico VASCELLARI, Benjamin BRONNI という方々が出品しています。


この丸のようなオブジェは岡本太郎の太陽の塔の顔部分を彷彿とさせました。
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ちなみにこのオブジェを作ったBenjamin BRONNIさんは85年生まれの作家さん。他にはこんな立体作品も作成しています。かっこかわいいです↓
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引いて撮った写真を改めて眺めてみると深い黒の世界が広がっている事を実感↓
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こちらの抽象画は見れば見るほど、ペンキ屋のお兄ちゃんが練習で適当に塗ったとしか思えないなんて考えたり、、、↓
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でも、この抽象画は鉛っぽい雰囲気に美を感じてみたり↓そしてマーク・ロスコの作品を彷彿とさせた
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どこから撮っても現れるのはこの丸いオブジェ。主張が凄い。
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見える角度で表情を変えるこのオブジェはなんだか気になる存在でした。
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光/明るさがない世界観が表現されていた展示物達を見ていると、冬のヨーロッパを想起させました。抜け出せない明るみのない寂しい世界観を妄想させます。白と黒の世界は美しくも危うい危険な世界だと私は感じるのですが、それはこの倉庫のようなギャラリーやこの日が暗く重い空気を醸し出す天気だったこと、このギャラリーまでの道が荒んでいたことが後押しさせていたような気がします。


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絵や作品を見るという行為と自分の体調、シチュエーションは切っても切り離せないものです。その美術館、ギャラリーがある街の雰囲気からすでに見ようとしている絵の印象が形作られているに違いないと感じました。


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東本願寺を サーチ!サーチ!サーチ!

前回の記事で京都に少し触れましたが、京都の東本願寺に行ったお話をします。


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東本願寺(ひがしほんがんじ、Higashi Hongan-ji)は、京都府京都市下京区烏丸七条にある真宗大谷派の本山としての礼拝施設の通称である。正式名称は、「真宗本廟」である。堀川七条に位置する「西本願寺」(正式名称「本願寺」)の東に位置するため、「東本願寺」と通称される。また、真宗大谷派(以降、大谷派)としても、「東本願寺」の通称を公式ホームページ・出版物などに用い、正式名称「真宗本廟」と併用している。他に、「お東」、「お東さん」とも通称される。2011年現在の門首は、平成8年(1996年)に継承した大谷暢顯(淨如)である。

御影堂は、境内のほぼ中心に位置する和様の道場形式の堂宇である。屋根は瓦葺きの重層入母屋造。外観が二重屋根であるため二層建築に見えるが、下部は裳階であり単層建築である。建築規模は、間口76m・奥行き58mであり、建築面積において世界最大の木造建築物である。現在の建物は、明治13年(1880年)に起工し、明治28年(1895年)の完成である。平成16年(2004年)3月から平成21年(2008年)12月にかけて、大規模修復が行われた。総工費は、約98億円である。堂内は、「内陣」・「外陣」・「参拝席」に分かれている。内陣は横に7つの室に分かれていて、中央の間を「内陣本間」と呼ぶ。「内陣本間」側から、左側の余間を「十字の間」・「九字の間」・「飛檐の間」と呼び、同じく右側の余間を「六軸の間」・「新六軸の間」・「御簾の間」と呼ぶ。
「内陣本間」の中央に須弥壇上を設け、その上に「御厨子」を置き「御真影」(宗祖親鸞の坐像)を安置する。「内陣本間」の左右壇上には歴代門首の絵像が奉掛される。

平時は、「十字の間」の床(とこ)上の中央に「十字名号」(帰命尽十方無碍光如来)を奉掛し、その両脇に宗祖親鸞と現門首を除く「大谷派御歴代」の絵像を二幅に分けて奉掛する。「九字の間」の床上には、「九字名号」(南無不可思議光如来)が奉掛される。報恩講などの法要時は、奉掛される絵像やその配置などが変更になる。かつては「大師堂」と呼ばれた。その由来は、明治9年(1876年)に明治天皇から親鸞に対して「見真大師」の大師諡号が贈られたためである。昭和56年(1981年)に「宗憲」が改正された際、「見真大師」号が削除され、同時に大師堂の呼称が取りやめられ、御影堂の呼称に復した。



視聴覚ホールの裏側にはこんな立派な広場があります。息をのむような美しい佇まい↓
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私が一番見たかったのは実は視聴覚ホールでした↓
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東本願寺の歴史を知る事ができる視聴覚ホールが地下にあるのですが、こちらの室内はモダンでここが東本願寺境内とは思えないほどなのです。モダンと歴史の融合を感じる異世界。


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やっぱり日本といえば京都だよなと実感する想いです。外国で沢山の建築に触れたからこそ、もう1度京都や日本の良さを知る話は沢山あると思いますが、私もまさにその気持ちがよくわかりました。高校生の頃に連れられた修学旅行では京都の良さよりも、クラスメイトの誰々の事なんて話の方が盛り上がってしまうのは当然でした。その時その時のシチュエーション、マインドでその場所の印象はまるっきり変わってしまうのです。


さて、東本願寺の別館のホールではバカボンド、スラムダンクで有名な井上雄彦さんが描く日本画「親鸞」が屏風に飾られていました↓
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親鸞(しんらん、1173年 - 1262年)は、鎌倉時代前半から中期にかけての日本の僧。浄土真宗の宗祖とされる。法然の専修念仏の教えに触れ、入門を決意する。これを機に法然より、「綽空」(しゃっくう)の名を与えられる。親鸞は研鑽を積み、しだいに法然に高く評価されるようになる。

浄土真宗の祖師親鸞は、承安3年(1173年)に当時中級貴族であった日野有範の子として生まれた。治承5年(1181年)、9歳のときに出家して、延暦寺の青蓮院慈円の門下にはいり、堂僧をつとめた。
法然を師と仰いでからの生涯に渡り、「法然によって明らかにされた浄土往生を説く真実の教え」を継承し、さらに高めて行く事に力を注いだ。自らが開宗する意志は無かったと考えられる。独自の寺院を持つ事はせず、各地につつましい念仏道場を設けて教化する形をとる。親鸞の念仏集団の隆盛が、既成の仏教教団や浄土宗他派からの攻撃を受けるなどする中で、宗派としての教義の相違が明確となり、親鸞の没後に宗旨として確立される事になる。浄土真宗の立教開宗の年は、『顕浄土真実教行証文類』(以下、『教行信証』)が完成した寛元5年(1247年)とされるが、定められたのは親鸞の没後である。



実際はこちらの2枚が展示されています↓親鸞さまで1枚、民衆たちで1枚です。
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親鸞の絵が会場の左側、右側にはこの多くの人が渦巻いている絵が飾られていました。どちらの絵にも感じたのが「不気味さ」でした。バカボンドを読んだことがある方ならおわかりのこのタッチはまさしく井上先生以外何ものでもありません。井上先生って、漫画家なのに日本画の歴史を引き継ぐ人のような扱いになるのかなと感じたりもしました。マンガやアニメーションがアートと密接な関係になっていくというのは私達の時代の特色です。50年後、100年後にはこれらのメディアも含めてアートという括りの中に入っていくのでしょうか。50年後は私もまだギリギリ生きていそうなので、様子を見守りたいところです。



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ポンピドゥ・センターを サーチ!サーチ!サーチ!

建築物に興味がわいてきたので、いつも中の美術館や展覧会の様子ばかり記事にしていたのですが、今回はそれの外観でもあるポンピドゥ・センターを調べてみようと思います!


ポンピドゥセンター1
ポンピドゥー・センター(Centre Pompidou)は、フランスの首都・パリ4区(セーヌ川右岸)にある総合文化施設で、正式名称はジョルジュ・ポンピドゥ国立美術文化センター(サントル・ナシヨナル・ダール・エ・ド・キュルチュール・ジョルジュ・ポンピドゥ、Centre National d'Art et de Culture Georges Pompidou)という。レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースが設計し、1977年開館。名前は、フランス第五共和政の第2代大統領で、現代芸術の擁護者でもありこの施設を発案したジョルジュ・ポンピドゥーにちなんでいる。様々な形態の同時代の芸術(現代美術や現代音楽、ダンス、映画など)のための拠点をパリ中心部に設けようとの意図から計画されたセンターである。


ポンピドゥセンター2
レンゾ・ピアノ(Renzo Piano、1937年9月14日 - )はイタリアを代表する建築家・建築士。1937年、ジェノヴァで建設業を営む家に生まれる。フィレンツェ大学への2年の在籍を経て、1964年、ミラノ工科大学卒業。フランコ・アルビーニの下で働いた後、1965年、スタジオ・ピアノ設立。1960年代後半は、オリベッティ・アンダーウッド工場の設計でルイス・I・カーンの共働した。 1970年から1977年にかけて、リチャード・ロジャースと共に建築設計事務所「ピアノ&ロジャース」を共同主宰。建築設計競技で勝ち取ったポンピドゥー・センターの設計を共同で進めた。1977年から1980年にかけては、構造家のピーター・ライスと共同でピアノ&ライス&アソシエイツを主宰した。

主要な作品としては、国際舞台に衝撃を与えたポンピドゥー・センター、20世紀の建築におけるエンジニアリング・構造設計の最大の成果である関西国際空港旅客ターミナルビル設計、ベルリン・ポツダム広場の再開発にあたってのダイムラー・シティのマスタープラン設計であろう。いずれも、巨大建築に求められる技術的課題に応え、国際空港の象徴性やベルリンの周囲の歴史的文脈などといったものにも配慮をしている。



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リチャード・ロジャース卿(Richard George Rogers, 1933年7月23日 - )は、イギリスの建築家。リバーサイド男爵(Baron Rogers of Riverside)という一代貴族の位も持つ。彼の建築はモダニズム建築の影響を受けた機能主義的なデザイン、およびハイテク志向の建築デザインで知られている。

ロジャースはフィレンツェに生まれ、ロンドンの建築学校である英国建築協会付属建築専門大学(Architectural Association School of Architecture、通称AAスクール)で学び、1959年ディプロマ取得。卒業後はアメリカへ留学。イェール大学大学院を1962年に卒業した。イェール大学でロジャースは同じく学生だったノーマン・フォスターと知り合い、イギリスに帰った後でフォスターおよび自分たちの妻(スー・ロジャース、ウェンディ・チーズマン)の4人の建築家とともに「チーム4」という建築の実験集団を結成し、ハイテク志向・工業志向のデザインで評判を得た。

1967年にチーム4が解散した後、1971年、ロジャースはレンゾ・ピアノと組んでパリのアートセンター・「ポンピドゥー・センター」のコンペで勝利した。ポンピドゥー・センターは、以後のロジャースを特徴づける様式(建物の内部空間をすっきりさせるために、水道管、冷暖房ダクト、電気パイプ、階段など建物の共用施設をすべてむき出しのまま建物外部にさらし出す)を確立させた作品であった。ポンピドゥー・センターは現在はパリのランドマークの一つとされ高く評価されているが、建設当時はまるで化学工場のような外見は賛否両論であり、口さがない評論家らは内部を外部にさらけ出した姿を「内臓主義(bowellism)」と呼んだ。以後、ロイズ・オブ・ロンドン本部ビルなど、同様の傾向の建物を多く設計している。



レンゾ・ピアノは関西国際空港の設計者だったのですね。日本にも馴染みがありますね。ロジャースとノーマンフォスターが同時期に同じ学校に通ってその後にチームを組んでいたという事実は衝撃でした。今じゃお互いちょう巨匠です。建築家同士で組むというのはお互いの仕事の役割はどんな風に分かれているのでしょうか。


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1971年の国際設計競技の結果、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースの案が選出された。ジャンフランコ・フランキーニやピーター・ライスなども協力して設計された建物は、重さを支える柱などの構造や、建物の共用部分である電気・水道・空調などの配管、階段・エスカレーターも外部にむき出しにさせている。内部は柱やパイプスペースなどがなくなった分、広々とした空間が広がり、様々な展覧会に対応できるフレキシブルな可動壁を備えていた。
彩色されたむき出しのパイプとガラス面で構成された外観は現代的を通り越して前衛的と呼べ、建物自体がひとつの芸術作品であるといえる。だがパリは伝統的な建築物が多い都市なので、開館当時はパリ市民の間では賛否両論があり、一部の人からは「いつ完成するのですか?」との質問もあったという(むき出しの鉄骨を見て「建築中の建物」と勘違いした)。現在では多くの観客を集めているほか、最上階はパリ展望スポットとして人気がある。



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確かにこのむき出しのチューブ、パイプ、鉄骨の数々と近隣に建つ教会や歴史的建造物のコントラストが凄いので、建てた当時に非難があったこともわかる気がします。私自身もう何度もこのチューブのエスカレーターに乗って、美術館に立ち寄ったり、屋上のカフェレストランに行ったり、第一日曜日の無料を利用して屋上からの景色を眺めたり近所だったこともあって、存分に楽しませてもらいました。
カラフルなパイプもまるでレゴにありそうなイメージでとても可愛らしいなと思います。モダニズムと全く反対なこの建物はいい意味でキッチュだなとも感じます。キッチュな工場にも見えます。


ちなみにリチャード・ロジャースは京都の烏丸御池にある「新風館」という建物も日本の会社との共同設計で建設しました↓ 
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が、これは個人的には失敗だと思います。入っている施設はヴィレッジヴァンガードぐらいしか見るものはないし、何より、動線が考えられていないのか、人の流れもよい感じではない。ただのポンピドゥをなぞったむき出しのパイプも何かが足りなくて、重厚感がないです。何度か行ったことがあるから、その悲しさが比較できるのです。巨匠もやっつけ仕事をするのかなと思ってしまいました。再興した方がいい建築物です。せっかく京都のいい立地にあるのに残念な建物。


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夜のポンピドゥ・センターもまた魅力を感じます。パリコレクション時に乗るバスではボザール美術学校からマレの会場に移動する時などこのポンピドゥ前をよく通るのですが、初めて見た時の印象はなんだか子供っぽい子供だましな建物だなと思っていたのも、近所に引っ越して何度も見ているうちに愛着もわいてきたのです。やっぱり身近なところにある建物って、いい悪いを通り越して愛着がわくものなんだなというのを実感するのでした。



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”行動主義”レム・コールハースを サーチ!サーチ!サーチ!

コールハース1

見て、聞いて、撮って、話しました。
この人はいったい何を求めているのか?

微妙に選ばれた言葉をひとつひとつ重ね、自分の論理を構築していく。 最初は無茶な論理に見えたこともコールハースの一言一言を追ううちに、われわれは発想の転換を迫られ、飛躍させられて、ついには彼の言うところに納得してしまう。いつも世界のどこかに神出鬼没し、休むことなくハイテンションで考えつづけているこの人はいったい何を求めているのか。

これまで世界の建築・経済・コンピュータをはじめ、多領域の文化人を取材しつづけてきたジャーナリスト瀧口範子が、建築分野の枠、国境の枠にとらわれずに活躍するコールハースをさまざまな視点から観察した記録。このドキュメントでは、世界をリードしつづけるコールハースのクリエイティビーティーは、ふつうでは考えられない程のタフな行動に支えられていることが分かります。コールハースとともに走るブレーン11人へのインタビューも収録。さまざまな分野をクロスオーバーしながら思考しつづけるコールハースが挑む知的挑戦の姿が伺えます。




こちらの本を読みました。こちらの記事で先日取り上げた瀧口さんが建築家で脚本家のレム・コールハースさんを追ったドキュメンタリー本です。


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レム・コールハース(Rem Koolhaas、1944年11月17日 - )は、オランダのロッテルダム生まれの建築家、都市計画家。ジャーナリストおよび脚本家としての活動の後、ロンドンにある英国建築協会付属建築専門大学(通称AAスクール)で学び建築家となった。彼は自分の建築設計事務所OMA(Office for Metropolitan Architecture)とその研究機関であるAMOの所長である。またハーバード大学大学院デザイン学部における“建築実践と都市デザイン”の教授でもある。彼は実際の建築物より著作物の方が知られている。代表作である『錯乱のニューヨーク』や、1995年にグラフィックデザイナーのブルース・マオと競作した『S,M,L,XL』など、建築理論に関する影響力の強い本は有名である。


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まるで宝石のようなシアトル中央図書館↓
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こちらは在ベルリン・オランダ大使館
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このドキュメンタリー本のメインとして語られていた建築の中国のCCTV↓
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とにかくわかったことはコールハースさんが年間200日をホテルで過ごすような定住の場を持たないジェットセッターでワーカホリックであるということです。その中でも印象に残った言葉がありました。
「上がっていくのは建築家の評判。下がっていくのは建築家のクリエイティビティー」2本の線は中央で出会うが、何の影響を及ぼし合う事もなく、それぞれ上昇と下降を続ける。建築家は有名になればなるほど能力が下がっていく。これが彼の自説である。
著者の瀧口さんも言っていますが、「まるで大学を卒業したての若い建築家のようなナイーブな信念」です。人は年齢を重ねると冒険をしなくなっていきます。経験を重ねることによって、迫り来る危機を回避できる術を身につけていけるようになっているから、危険も少なくなっていく。でも、それはリスク回避ばかりの防衛策の人生を選びはじめているのかもしれない。可能性を広げるには挑戦しかないよな、とこの本を読んで感じるのでした。



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ノートルダム大聖堂を サーチ!サーチ!サーチ!

サンジェルマン・デ・プレ駅に降り立ったついでに行きたいところの1つといえば、ノートルダム大聖堂があります。IMG_3094.jpg


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道沿いに流れるこの川はもちろんセーヌ川。


この日は寒かったけれど、快晴だったので気楽でした。まるでポストカードのように撮れます。
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こちらはオランジュリー美術館に所蔵されているユトリロの描いたノートルダム大聖堂。
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パリのノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Paris、ノートルダム寺院とも) はゴシック建築を代表する建物であり、フランス、パリのシテ島にあるローマ・カトリック教会の大聖堂。「パリのセーヌ河岸」という名称で、周辺の文化遺産とともに1991年にユネスコの世界遺産に登録された。現在もノートルダム大聖堂は、パリ大司教座聖堂として使用されている。ノートルダムとはフランス語で「我らが貴婦人」すなわち聖母マリアを指す。

ノートルダムの敷地は、ローマ時代にはユピテル神域であったが、ローマ崩壊後、キリスト教徒はこの地にバシリカを建設した。1163年、司教モーリス・ド・シュリーによって、現在にみられる建築物が着工され、1225年に完成した。ファサードを構成する双塔は1250年に至るまで工事が続けられ、ヴォールトを支えるフライング・バットレスは12世紀に現様式に取り替えられた。最終的な竣工は1345年。
1789年に始まったフランス革命により他の教会同様にノートルダム大聖堂も襲撃を受け、大聖堂を飾っていた歴代の王の彫像が破壊されて埋められた。この彫像群は1977年に工事の際偶然発見され、現在では近くにあるクリュニー中世美術館に展示されている。ファサードを装飾する彫刻、屋根の塔、その他多くの部分は、19世紀のゴシック・リヴァイヴァル期にウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュクによって大幅に改装されたものである。1831年のヴィクトル・ユーゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』(「ノートルダムのせむし男」)の舞台になった。




こちらは室内の様子。ステンドグラスが美しい。
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ステンドグラス(stained glass)は、エ字形の断面を持つ鉛のリムを用いて着色ガラスの小片を結合し、絵や模様を表現したもの。ガラスに金属酸化物を混入することで着色している。教会堂や西洋館の窓の装飾に多く用いられる。外部からの透過光で見るため、人の目に非常に美しく写る。装飾を否定するモダニズム建築全盛の時期になるとあまり用いられなくなったが、今日では再びステンドグラスが見直され、公共建築、住宅、教会などに採用されている。ガラス工芸として、ランプの傘などにも用いられる。


イギリスのカンタベリー大聖堂やこのパリのノートルダム大聖堂、サント・シャペルなど、ステンドグラスを多く見る機会に恵まれました。ステンドグラスに描かれるモチーフは神話や宗教画だったりするわけですが、私はまだそれらが描かれている意味を追求できていないままです。だから、ありきたりの美しいなーという感想しかありません。いつ私がこのジャンルに興味を持つことができるのか、多分それはひととおり近代画を楽しんでからだと思うのですが目覚めを待ちます。それでもそれぞれの大聖堂の荘厳さは常に健在で入るたびに身が引き締まる思いです。そして、今度記事にする予定ですが、サント・シャペルのステンドグラスの美しさは圧巻でした。


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ノートルダム大聖堂については、そこにそれがある。道を歩いているだけで、そこに存在する美しい建物としての魅力を感じます。それはこの街のシンボルという事にもなると思います。パリという都市の中にある古い建築物の美しさはそこに佇むだけで伝統や格式というオーラを私達に放っていると思います。そしてそれが魅力であり、世界中の観光客がそこに集まるのでしょう。


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ゴシック建築とはいったい何なのでしょう?
ゴシック建築(英語:Gothic Architecture)は、12世紀後半から花開いたフランスを発祥とする建築様式。最も初期の建築は、パリ近くのサン=ドニ(聖ドニ)大修道院教会堂(Basilique de Saint-Denis)の一部に現存する。イギリス、北部および中部イタリア、ドイツのライン川流域、ポーランドのバルト海沿岸およびヴィスワ川などの大河川流域にわたる広範囲に伝播した。ゴシック建築は、歴史的区分としては1150年頃から1500年頃までの時代を指し、フランス王国からブリテン島、スカンディナヴィア半島、ネーデルランド、神聖ローマ帝国、イベリア半島、イタリア半島、バルカン半島西部沿岸部、ポーランドおよびポーランド・リトアニア共和国の版図に伝わった建築様式をいう。しかし、これら歴史的・地理的条件が必ずしも相互に対応しないという点や、建築の形態的・技術的要因、図像などの美術的要因の定義づけが難しいという点で、他の建築様式に比べるとかなり不明瞭な枠組みであると言わざるを得ない。特に後期ゴシックは、地方様式とも絡む複雑な現象で、装飾や空間の構成を包括的に述べることはたいへん難しい。

ゴシック建築は、尖ったアーチ(尖頭アーチ)、飛び梁(フライング・バットレス)、リブ・ヴォールトなどの工学的要素がよく知られており、これらは19世紀のゴシック・リヴァイヴァルにおいて過大に評価されたため、あたかもそのような建築の技術的特徴のみがゴシック建築を定義づけると考えられがちである。しかし、ゴシック建築の本質は、これらのモティーフを含めた全体の美的効果のほうが重要で、ロマネスク建築が部分と部分の組み合わせで構成され、各部がはっきりと分されているのに対し、ゴシック建築では全体が一定のリズムで秩序づけられている。リューベック、グダンスク、トルン、クラクフなど、北ドイツやポーランドを中心とするバルト海沿岸およびその大河川の流域ではブリック・コシックと呼ばれる、レンガを用いた独特のゴシック建築が発展した。


ゴシック建築を知るにはそれぞれの国、地方の教会を知ることによって深みが出ると思います。その道のりは果てしなくとおいのですが、私は日本人なので信仰している宗派などはありませんが、教会に縁のある方ならその深みは楽しみなものになると思います。

日本はやっぱり、お城やお寺がその役割を担っているわけで、京都にはもっともっと頑張って世界の観光客の皆さんを集めてほしいなとサンジェルマン・デ・プレ界隈を歩くたびに想いを馳せるのでした。


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ヴェルサイユ宮殿を サーチ!サーチ!サーチ!


The Radio Deptのこの曲も本当に最高です。


ヴェルサイユ宮殿(フランス語:Château de Versailles)は、1682年、フランス王ルイ14世(1638年 - 1715年、在位1643年 - 1715年)が建てたフランスの宮殿。ベルサイユ宮殿とも表記される。パリの南西22キロに位置する、イヴリーヌ県ヴェルサイユにある。主な部分の設計はマンサールとル・ブランによっておこなわれ、庭園はアンドレ・ル・ノートルによって造営された。バロック建築の代表作で、豪華な建物と広大な美しい庭園で有名である。

宮殿よりも噴水庭園のほうが建設にかかった労力は上で、宮殿建設の25,000人に対し、36,000人が投入されている。噴水にはルイ14世の三つの意図が込められている。

儀式や外国の賓客を謁見するために使われた鏡の間は、1871年にドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の即位式が行われ、また第一次世界大戦後の対ドイツとの講和条約であるヴェルサイユ条約が調印された場所でもある。鏡の間にはたくさんの銀製品が飾られていたというが、ルイ14世は晩年になって、スペインとの王位継承争いが続いて戦費の捻出に困り、破産を免れるためにこれらを売って戦費に充てたという。



晴れていれば実際はこんなにも美しい宮殿ですが、私が行った日は超大雨という笑えるような日でした↓
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それでは雨のヴェルサイユ宮殿をご覧下さい。
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遠くからの眺望も厳か。
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雨が降っているのに「晴れていたら」なんていう言葉は野暮です。思い切って雨の中のヴェルサイユ庭園を少しだけ散策してきました。
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ちょう大雨なんですけどね↓
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室内の様子↓



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鏡の間↓
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スケールの大きさ、豪華絢爛な住宅の作り。圧倒されるのは当然です。そして贅沢な暮らしができたのも国民のおかげでその国民から弾圧されて滅びていった歴史もなんとなくわかる気がしました。ただの柱1本1本さえも装飾が施されているし、職人どれだけ頑張ったのだ!と思わざるえない細かい建物、彫刻、シャンデリア、そして飾られている絵画の数々。どれだけの人がここに関わったのか目眩がしそうです。室内だけでも、語り尽くせいないほどなのに、庭園の優雅さといったら。。。ここに住むことができた人たちを羨ましくも思います。楽園だったのでしょう。一生のうちに見ておきたい建築の1つだったヴェルサイユ宮殿。雨もちょう豪雨だったため、とても思い出に残るものになったのです。




*補足になりますが、アート×ヴェルサイユ宮殿のコラボレーションといえば、こちらですよね。
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ジェフクーンズのキッチュさが最高にカワイイ。




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ミース・ファン・デル・ローエを サーチ!サーチ!サーチ!

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ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe、1886年3月27日、アーヘン - 1969年8月17日、シカゴ)は、20世紀のモダニズム建築を代表する、ドイツ出身の建築家。ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライトと共に、近代建築の三大巨匠と呼ばれる(ヴァルター・グロピウスを加えて、四大巨匠とみなされることも)。“Less is more.” (より少ないことは、より豊かなこと)という標語で知られ、近代主義建築のコンセプトの成立に貢献した建築家である。柱と梁によるラーメン構造の均質な構造体が、その内部にあらゆる機能を許容するという意味のユニヴァーサル・スペースという概念を提示した。
グロピウスの推薦で、1930年からバウハウスの第3代校長を勤めた。ナチスによってバウハウスが閉鎖(1933年)されたため、アメリカに亡命した。1938年から58年、シカゴのアーマー大学(後のイリノイ工科大学)建築学科の主任教授を務め、クラウン・ホールをはじめとする同大学のキャンパス計画を手がけた。1944年には、アメリカ市民権を獲得。



こちらのロゴは覚えていますか?
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Googleは、2012年3月27日のホリデーロゴをドイツ出身の建築家で近代建築の四大巨匠のひとり、ミース・ファン・デル・ローエの生誕126周年を記念したデザインに変更した。
こういったロゴが作られるほど世の中から尊敬をされているのです。



こちらのDVDを見ました↓ミースの表層を知るにはわかりやすいドキュメンタリーです。
ミース2


映画はミースが設計したカナダにあるこちらのガソリンスタンドを美しく撮ったところからスタートします↓
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近代建築、モダニズムのお手本のような建築物です。私は「モダニズム」に憧れがやみませんでした。装飾をはぎとったシンプルな形は美しさの極致。周囲との調和も本当は考えないとこの美しい建物は浮いてみえてしまうのがキズだったりするのですが、やはり美しいものは異彩を放ちます。



こちらの家具、椅子はご存知でしょうか?
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バルセロナチェアはバルセロナパビリオンを作った時にパビリオンに合う家具として作られた一品なのです。


こちらが実際のパビリオンの中にあるバルセロナチェア。
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そしてバルセロナパビリオンがこちら↓美しい石の使い方。
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1929年のバルセロナ万国博覧会で建設されたドイツ館、バルセロナ・パヴィリオンは、鉄とガラスで構成され、大理石の壁を配したもの。モダニズムの空間を実現したものとして、建築史上有名。なお、同館のために、ミースがデザインしたバルセロナ・チェアも、モダンデザインの傑作として知られる。パヴィリオンは、博覧会終了後に取り壊されたが、1986年に同じ場所に復元され、「ミース・ファン・デル・ローエ記念館」となっている。




超高層ビルの実作品として、ニューヨークのシーグラムビル(1958年竣工)
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レイクショアドライブ・アパートメント
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イリノイ工科大学クラウンホール
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四方をガラスの壁で囲んだファンズワース邸(1950年・アメリカイリノイ州)も代表作の一つ。
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"LESS IS MORE"が代名詞ですが、本当にそのとおりの建築だという事を写真をご覧頂いてもわかると思います。建築家は家具も製作します。ミースに建築を建ててもらうことは無理ですが、チェアーを買うことはできます(高いけど)。建築家との接点がこういったところに身近にあるというのは敷居が低くなって助かります。いつかは私も大きな部屋に住むことができたら、ミースのバルセロナチェアを普通に使えるようになりたいですね。




個人的な感想ですが音楽で言うとこんなイメージを持ちました↓




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にほんの建築家 伊東豊雄・観察記を サーチ!サーチ!サーチ!

瀧口範子さんが書いたこちらの本を読みました↓
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ジャーナリスト瀧口範子によるトップランナーの解体新書

建築家・伊東豊雄を解体しようと密着取材を敢行したのは、建築界、デザイン界、経済界、IT業界など各界の第一線で活躍する人々を取材してきたジャーナリスト・瀧口範子氏。東京、パリ、シンガポール、チリ、ヴェネツィア……と世界中を飛び回る伊東氏を精力的に追いかけ、その創造力の源がどこにあるのかを探っています。著者の視線は、日常何気なく発せられる言葉やふるまいに向けられ、一見穏やかで静的な印象を与える伊東氏の内面には、意外にも体育会系の闘志がみなぎっていることを解き明かしていきます。
「建築家は少しでも緊張感をなくすと、あっという間に300メートル遅れをとってしまう」
「建築はサバイバル・ゲームだ」
「時間は常にないんだよ。僕らもいつも、もう1日あったらなあと思う」
妥協を許さない建築家からこぼれてくる言葉の数々はその穏やかな口調とは裏腹に熱く、職業のジャンルを超えて、現代社会に生きるすべての人々の胸に深く響いてくるでしょう。
また著者は、伊東氏の修行時代にもさかのぼり、当時をよく知る人々の証言を数多く集めています。今でこそ世界中でプロジェクトを進める建築家にも、建築の仕事にありつけず思索を深めるしか手だてのなかった日々があったこと。その鬱憤を同世代の建築家たちと激しくぶつけ合ったこと……。そこには誰もが経験した覚えのある、悩み、焦り、もがきながらも理想を追い求めた、若者特有の姿が浮かび上がってきます。
本書は、60代半ばを迎えてなお進化し続ける建築家の、等身大の人間像に迫った貴重なドキュメンタリーです。同時に、分野を問わず、日々悩みを抱えながらも自分の仕事の中で何かを成し遂げようとしているすべての人々に、大いなる活力を与えるものでもあります。「走りつづけていれば、必ず何が問題か見えてくる」と語るトップランナーの熱い思いを、ぜひ受け取っていただきたい一冊です。


瀧口 範子(たきぐち・のりこ) ジャーナリスト、編集者。シリコンバレーと日本を往復し、テクノロジー、ビジネス、建築などの分野で執筆活動を行う。上智大学外国語学部卒業。1996年~98年フルブライト奨学生(ジャーナリスト・プログラム)として、スタンフォード大学工学部コンピュータ・サイエンス学科にて客員研究員。著書に『 行動主義 レム・コールハース ドキュメント 』、『 にほんの建築家 伊東豊雄・観察記 』(ともにTOTO出版)『 なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 』(プレジデント社)など

伊東豊雄(いとうとよお、1941年〈昭和16年〉6月1日-)は日本の建築家。伊東豊雄建築設計事務所代表。元東京大学、東北大学、多摩美術大学非常勤講師。高松宮殿下記念世界文化賞、RIBAゴールドメダル、日本建築学会賞作品賞2度、グッドデザイン大賞など多数受賞。


伊東豊雄さんの事は安藤忠雄さんと同世代の建築家という認識がなかったという余りに建築に無知な私ですが(そして妹島和世さんがお弟子さんだった!)、無知だからこそ知れば知るほどのめりこむといったもので、読んでいてとても面白かったのが、この本に書かれていた時期に伊東さんが興味があると言っていた「チューブ」の構造。


せんだいメディアテークという建築物を作ったのが、伊東さんの転換期だったそうです↓
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こちらは詳細です↓
1995年にコンペが行われ、私たちの案が一等になり、2000年に竣工した建物です。コンペ案を提出した段階では透明感があって軽くてモノの存在感がない建築をつくりたいと考えていて、構造体である鉄骨のチューブが力を受けていないように見せたい、透明感のある光のチューブのように見せたいと思っていました。コンペの時点で構造設計者の佐々木睦朗さんが提案したモデルでは、できるだけ薄くて強いフラットスラブをつくりたいということで、グリッド状のリブを二枚の鉄板で挟んだサンドウィッチパネルを使う計画にしていました。そしてチューブの構造は、トラスを組んでHPシェルの曲面をつくるという計画でした。ですから、コンペの時点では、ストラクチュアは純粋幾何学の組み合わせで構成されていたのです。

ところが実施設計が進み、現場が始まると、その純粋幾何学だけではうまくいかなくなってきました。力の流れ方に不均質な状態が表れたのです。端的にそれが表れたのがチューブの周囲の床でした。チューブの周りには非常に大きな力が働くので、格子状のグリッドパターンで計画していたものが不均質な三角形に割られていったのです。複雑な力の流れを可視化するパターンとして表れたわけです。そして現場では、ものすごく大量の溶接が行われました。

その溶接作業をやっていた頃、地元で、この建築に反対する声が聞こえてきました。「こんなチューブは止めて、普通の柱にした方が、よはどスぺ-スが広く使えるではないか」と地元の新聞などを通じて言われていました。それはミース的な均質なグリッドの空間にしてしまえ、というのと同じことです。たしかにチューブをやめて、普通の柱を使うことは可能ですが、チューブのスパンは平均して15m近くあるし、場所によっては20m近いところもあるので、やはり太い柱と厚いスラブを使うことになります。チューブの中に納めているエレベータシャフトや階段もどちらにしても必要なのですから、決して無駄をやっているわけではないのですが、一般の人から見ると無駄に映ったようでした。そういう状況もあり、当初考えていた存在感のないチューブというものではなくて、なにがなんでも動かない強いチューブをつくりたいと思いました。徹底的に力技で交戦しようと思ったんです。

ここで注目して欲しいのは、グリッドで計画していた床が、有機的なチューブを配置した途端に「東京-ベルリン/ベルリン-東京展」の波打つ床のように、グリッドが解体され変形を始めたことです。純粋幾何学でつくられている全体のボリュームの中に、有機的なものが発生したことで、純粋幾何学が変形したのです。そこには均質であることを合理的だとするシステムに対して、むしろ不均質なものこそが自然界をつくり出しているという、つまり自然本来の姿が表れていると思いました。たとえば、一本の木は全体としてバランスが取れているけど、一本としてシンメトリーな木なんてないですよね。こうして「せんだいメディアテーク」をきっかけに、私は「もののもつカ」ということについて考えるようになりました。



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定禅寺通り沿いにある仙台市の複合文化施設「せんだいメディアテーク」です。2001年1月の開館から11年経ちましたが、色あせた雰囲気はまったくありません。仙台市民図書館もあるためか、学校が長い休みの間は朝から自転車で一杯になる大盛況ぶりです。
せんだいメディアテークは、建築物としても特徴があります。「梁のない建物」です。6枚の床(プレート)と、揺れる海草のような形状の13本のチューブと呼ばれる鉄骨独立シャフトのみの単純な構造によって、地下2階、地上7階の空間のすべてが作られています。この建物(作品)は、建築家・伊東豊雄の代表作となっています。




建築家の方が描く未来図は私達が生きている感じている現代の遥か先を行く建物を作り出しています。何だこれは?という建物なのに、凄く使いやすい仕掛けがされていたり、外観も格好いい、内装も格好いい、構造物としても素晴らしい、動線も考えられている。思想も持っている。


もう何も言うことがないほど、これぞアートなのではないかと思うわけです。芸術を通じて建築の素晴らしさを知ってしまって。。。巨大建築物について想いを馳せています。著名な建築家の本もとても面白い。いつもよく行っていた代々木第一体育館が丹下健三先生作であった事を全然意識していませんでした。でかいな〜、屋根が凄いな〜と思っているだけでした。けれども、この作品に作られた思い、経緯はとても面白いものに違いありません。


昨日紹介したアトリエワンが作る小さな家シリーズもとても面白いし、世界の建築家としても有名な伊東豊雄先生の作る都市の景観を壊さず作る格好いい建物も好きです。私達がそれぞれ住む街に潜むデザインされた建築はつくられたアミューズメントパークよりも遥かに深い面白さを持つ建物なのだなと感じる今日この頃です。



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狭くて小さいたのしい家を サーチ!サーチ!サーチ!

私はクイックジャパンという雑誌がきっかけで、サブカルチャーにのめり込みました。クイックジャパンで赤尾さんという有名な方が凄いんだということがわかったし、北尾トロさんという方を通じて中央線沿線カルチャーに興味を持ったわけです。初期のQUICK JAPANの取り上げるもの全てが当時学生だった私にとって大きな影響を与えました。そこで当然色々な事をこじらせてしまうこじらせ人間になってしまうわけです。得るものもあれば失うものもあったなと今思うとわかります。大人になると本当多くの事に気がつきますね。


永江朗さんという方もこの界隈を探っていくうちに知った人物の内の1人です。今回紹介するのはフリーライターの永江さんが世田谷に土地を買い、気鋭建築家アトリエ・ワンと家を建てていく物語「狭くて小さいたのしい家」を紹介します。


永江朗 - 北海道旭川東高等学校、法政大学文学部哲学科卒業。学生時代は左翼運動に身を投じた[要出典]。西武百貨店系洋書店であるアール・ヴィヴァンに約7年間勤務した後、雑誌『宝島』や『別冊宝島』などの編集・ライターを経て、1993年頃よりライター業を本職とする。各種新聞・雑誌に署名記事をものする。
取り上げる題材は広範にわたり、「哲学からアダルトビデオまで」を標榜する。読書術やインタビューに関する著作を多数刊行している。処女出版『菊地君の本屋』においてヴィレッジヴァンガ-ドを取り上げて以来、個性的な書店を訪問して紹介する仕事も多く手掛け、出版文化産業の事情に明るい。加えて(財)出版文化産業振興財団にて読書アドバイザー養成講師を務めたり、新書マップの制作に携わるなどしている。
ほかに書評など評論活動も行う。百貨店での勤務経験を元にした、経営方法からの批評を特徴とする。2001年には、文芸評論家福田和也の『作家の値うち』に示唆され、同時代の44人の批評家を論じた読み物『批評の事情』を上梓。だが、批評家・山形浩生には周到に反論された。石原慎太郎、小林よしのりら保守系の文化人や、保守派の政治家を嫌い、痛烈に罵倒しているが、同書では福田和也に対する正面からの批判は避けている。



アトリエワン -
塚本 由晴(つかもと よしはる、1965年1月20日 - )は、建築家。神奈川県茅ヶ崎市に生まれる。1987年に、東京工業大学工学部建築学科を卒業。大学時代は、坂本一成の研究室に所属していた。1987年から一年間に渡ってパリ建築大学ベルヴィル校に留学。1992年に、貝島とアトリエ・ワン結成にいたる。1994年、東京工業大学大学院博士課程(工学)を修了。現在は、アトリエ・ワンでの活動とともに、東京工業大学建築学科の助教授を勤めている。
貝島 桃代(かいじま ももよ、1969年8月2日- )は、建築家。東京都新宿区に生まれる。1991年、日本女子大学住居学科を卒業。そして1992年に、塚本とアトリエ・ワンを結成。1994年、東京工業大学大学院修士課程(工学)を修了。1996年から1997年まで、スイス連邦工科大学の奨学生となっている。2005年から2007年まで、スイス連邦工科大学客員教授に着任。2000年から、筑波大学芸術学専任講師を勤めている。


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優れた建築は芸術であると私は思います。ですので、最近の私は芸術がとても好きになった事をきっかけに建築にも興味を持ち始めました。今までは、カーサブルータスやPenの建築特集程度でしか知り得なかったことも今後はもっと建築サイドを掘ってみようと思ったのです。建築家の方は思想や哲学に通じる著作も多いので尚更興味津々です。その中で今回こちらの本を紹介するに至ったわけは、建築へのとっかかりとしてとても読みやすそうだったからということ。私が個人的に永江朗さんの書く文章が好きだったということ。聞いたことがあるアトリエワンという方々を名前以上に知ることができそうだったという観点から選びました。

感想は永江さんが書く文章の読みやすさにページをめくる手が早くなりました。非常に読みやすくて、施主であるということは決断ばかりを迫られるのだなということがわかりました。建築家と一緒に家を作り上げて行く醍醐味がページを伝わって感じることができました。
そして同時に東工大の学生、アトリエワンの塚本さんのインターン達がとても奮闘してこの家を作り上げていったのだという事もわかったのです。ファッションデザイナーも同じですが、デザイナーが全てを作りあげるわけではありません。建築家も似たような工程を辿る部分があるという事がわかったのです。


施工主という単語で思い出すのがどうしても↓



話を戻しますが、こちらの家はガエ・ハウスと言うのだそうです。出来上がった家がこちら↓
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屋根がこのような形になっている理由もデザインの関係もありますが、建物規制などが絡み合って出てくる要素があるそうです。私は建築において全く無知だったため、家を作るのに様々な規制があることを知りました。景観の規制もあるし、敷地による規制もある。私が小学3年生の頃、父が家を建てました。今思うと、凄いことを父はしたのだ!という事がわかります。家を無事に建てることができて、不具合もなく私は成人することができたわけで、父は立派な家を建てたのだと改めて思うのです。

しかし、建築家の建てる家はやはり違いますね。明らかに建築家がデザインしていることがわかる。この家だけを見ているととても格好いいです。羨ましいほどに。後は実際に周囲ととけ込んでいるかどうかですよね。でも、きっと色味からみてもとけ込んでいる気がします。この本を読んで俄然、建築に興味がわいてきました。建物1つ1つにもっとこれから興味を持って接することができそうです。



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GALERIE SCHWAB BEAUBOURGを サーチ!サーチ!サーチ!

このギャラリーの所属アーティストによる展示がされていました。そこで私が目についたのは1FではSEREIRROFさんという方の作品です。


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中野京子さんの「怖い絵」という本があるのですが、そこに取り上げられそうな雰囲気の作風。
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ドロドロのグチョグチョな情念が見ているこちらにまで伝わってきます。でも、それをそのまま怖いで捉えていいのでしょうか。その奥に潜んでいる違う感情っていったい何だろう。解放なのかな。まだわかりません。浅い知識で話すとフランシス・ベーコンを思い出しました。
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B1Fではアブストラクトペイントの作家さんGerard StricherさんとOliver Sagoryさんによる2人の作品が展示されていました。



Oliver Sagoryさんの作品で印象に残ったのが青に青を重ねたこちらの絵↓
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シューゲイザーの有名なバンドでRIDEという人達が出したアルバムにNOWHEREというアルバムがあるのですが、そちらのジャケットを思い出しました。

RIDE/NOWHEREのジャケット↓
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Gerard Stricherさんはゲルハルトリヒターのようなイメージが印象的です。ジャクソン・ポロックやリヒターが作り出したアブストラクトの世界は私たちに色々な世界を想起させます。Gerard Stricherさんの↓は全然違う作品なのに、絵の色使いだけで、JOHN MARTINさんの作品の事も思い出してしまったし、アブストラクトのイメージの奥深さは果てしないほど深いと感じるのです。その時その時の自分の感情だったり、蓄積された知識の中で自分自身が持つイメージと交換していくことができる。何にでも置き換えられるアート。懐が深いわけです。


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Gerard Stricher3



Gerard Stricherさんの↓が、
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JOHN MARTINさんの↓を思い出したのです。全然違うのにです。
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このGALERIE SCHWAB BEAUBOURGは私の部屋のあるカンカンポワ通りから歩いて2分。私の部屋の隣の隣にあるアニエスb.のギャラリーの目と鼻の先にあります。このカンカンポワ通りはギャラリーの宝庫で、偶然見つけた部屋なのに、非常に私にとって思い出深い場所になりました。



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SONIA DELAUNAYを サーチ!サーチ!サーチ!

SONIA DELAUNAY - 1885年、ロシア帝政末期のウクライナで生まれる。 裕福な養父母の援助のもと、ドイツで絵画の基礎を学んだ後、画家を志して渡仏。パリでフランス人画家ロベール・ドローネと2度目の結婚をし、互いに強い影響を与え合いながら創作を行っていくようになる。 二人の密接な関係から生まれる抽象的な作品の数々は、まもなく詩人のアボリネールによって、キュピズム(立体主義)の新しい展開と注目されて、ギリシア神話に因んで『オルフィスム』と称された。 その後、愛夫ロベールは病気の為、1941年に亡くなる。 その後もソニアは夫の遺志を引き継ぎ、自らの表現世界を更に深め、 天真爛漫ともいえる豊麗な色彩感覚と繊細で詩的なニュアンスに富んだ作品の数々は、絵画に止まらず、装丁やテキスタイル、舞台衣装に室内装飾、ファッションなど、純粋美術とデザインの枠組みを越えた活動を94年間の生涯を閉じるまで衰えることない創作意欲があった。 1979年没。


こちらの2点はポンピドゥセンターに常設されているソニア・ドローネさんの作品↓


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↑こちらの絵は何度も見返しに戻ってきてしまうほど、私にとって「何か」を感じる魅力的な絵でした。その「何か」って、いったい何だったのだろう?最初に気になったのが不安を感じる色使いです。背景が青であることも要因の1つではあるのですが、その青がこの人物の体にとけ込んでいったところ。そこに私は「何か」を感じました。

それを今思い出してみると、「不安」という問題が私にとって引きつけられる要素だったのだ、と今は確信しています。私個人の話になりますが、私はいつも「不安」を抱えています。どんなに楽しい享楽的な場面に出くわしていても、1秒後には不安がとりとめもなくやってくる。私から消えない感情の不安は私にとって大敵です。消えてほしいものナンバー1です。

私はこの絵を見ていると私の不安をお互いに共有できているいい意味での錯覚を得ることができたのだと思います。だから、この絵に潜む感情的な何かに私が惹き付けられたのは当然ですし、何度も見返したくなる絵だったことは必然だったわけです。やっぱり、絵と向き合うことはこういう場面に出くわすこともできるだけあって、深度が凄いと感じました。




ソニア・ドローネさんの作品を語るには夫のロベール・ドローネさんの作品についても語らなければいけません。ポンピドゥーでもこの2人の作品は隣同士で展示されていました。

こちらは夫のロベールさんの作品↓
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ソニア・ドローネは1910年ロベール・ドローネ(Robert Delaunay, 1885年-1941年)と結婚した。パリ生まれのロベールはワシリー・カンディンスキー(ロシア)、ピエト・モンドリアン(オランダ)とともに抽象絵画の先駆者の一人であり、リズムと色彩に満ちた画風は「オルフィスム」といわれた。エッフェル塔を描いた連作はよく知られている。夫妻はともにディアギレフのロシア・バレエに協力し、彼女は衣装を担当した。ロベールより長命だったソニアは、油彩だけでなく、テキスタイルや版画など多方面にその才能を開花させた。特に色彩豊かな版画作品(リトグラフ、銅版)は素晴らしい。



私は個人的には夫のロベールさんより、ソニアさんの作品のテイストの方が好きでした。ですので、今回はソニアさんの作品をメインに紹介します。


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私は↑で取り上げたような彼女が描く人物画にとても魅了されましたが、彼女が他にも色々なタイプの作品を描いています。
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とてもファッショナブルな色彩イメージは実際に洋服にもなったようです。


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衣装製作もしていたといわれるソニアさん。活動範囲がアート〜ファッションに渡るスタイリッシュな人生を歩んできたと思われます。ポンピドゥセンターの近代美術館で出会ったソニアさんや今度紹介する予定でもあるMATTAさんは私にとってとても大きな出会いになりました。絵画の素晴らしさを感じたし、絵画から今まで私が影響を受けてきたジャパニーズサブカルチャーと繋がりました。車や時計に興味がない、サーフィンもしない、スローライフやオーガニック生活に興味もない、山にも登る予定がなかった私は大人の階段を登るに連れて不安がありました。私には大人としての持つべき趣味がない! このままではただのサブカル好きのこじらせ人間になってしまう! そう思った矢先でのロンドン、パリでの本格的な芸術との出会いがありました。今実際のところ、このアートにハマったおかげで「建築」にも非常に興味が湧いています。建築もまたアートです。外国生活をかじると価値観が広がるという説は本当だったのだなと実感したのでした。



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FABIEN BARONを サーチ!サーチ!サーチ!

Fabien Baronーファビアン・バロンー彼は過去に『HARPER'S BAZAAR』『ARENA HOMME PLUS』などのファッション誌のアートディレクションのほか、バレンシアガ、カルバン・クライン、ミュウミュウなどのファッション広告イメージをつくりあげてきたクリエイティブディレクターだ。彼自身も1990年から92年までは『Interview』”誌においてクリエイティブディレクターをしていた。


私達の世代のスーパーアートディレクターがファビアン・バロンという事に異論はないでしょう。今もトップで活躍し続ける巨匠です。最近ではこの広告を覚えている方も多いと思います↓


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この宇宙時代の広告といったイメージ。ファビアン・バロンはまだまだ現役です。


彼はタイポグラフィーの魔術師とも言われています。それがアレクセイ・ブロドヴィッチ亡き後のハーパース・バザーを復活させた要因の1つです。大胆なエディトリアルデザインは現在活躍しているグラフィックデザイナーに多大なる影響を与えました。大胆なのに品がある。洗練されていて美しい。言葉にすると単純なのですが、文字の配列がアートになることを教えてくれるのです。


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バロンが当時起用していたフォトグラファーは表紙&巻頭に大御所パトリック・デマルシェリエ、ピーター・リンドバーグらを使い、とがったページをデビット・シムズ、クレイグ・マックディーン、マリオ・テスティーノだったそうです。。。世界一のスタッフを集めることができるのも彼の人脈が成せる業でもあるのですが、良いページになるのは当たり前ですが、彼らの写真×バロンの文字組みで美しさが1000倍ぐらいアップするのだから、溜息がでます。

バロンは自分で作ったフォントを採用してページ作りもしていました↓
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広告写真でも肌の露出が多い写真をセレクトすることが多かったのですが、それも徹底的に美しい仕上げになります。官能よりも洗練された美が印象としては合うと思います↓
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ファッション写真の世界は実態のない「イメージ」だけの世界です。そのイメージを完璧にコントロールしたのがファビアン・バロンだったのです。ファッションにインテリジェンスとアートを持ち込んだ彼の功績はとんでもないものだと思います。


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ギイ・ブルダン、ピーター・ドイグ、ファビアン・バロン、田中一光と連続して私が若い頃に憧れた人物を紹介していきました。現代アートにも全て通じる世界観を持った方を振り返る記事は書いていて興奮するものです。あれも見てほしい、この写真も出しておきたいなど書いていて楽しい気分になるのでした。



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PETER DOIGを サーチ!サーチ!サーチ!

昨日紹介したギイ・ブルダンは私が20歳の頃に知った写真家で当時の私にとても大きな影響を与えました。ギイ・ブルダンを通じて、ヘルムート・ニュートンの素晴らしくエレガントで官能的な写真に目覚めたし、ニュートンが女性の美しさの最高峰ならば、男性の美しさの素晴らしさを撮る写真家ではブルース・ウェーバーが私の中でツボになりました。それもこれもきっかけはGUY BOURDINだったのです。
今回はまた絵画に話を戻します。また熱い話になりそうです。ピーター・ドイグさんをご紹介。


ピーター・ドイグ/Peter Doig 1959年エディンバラ生まれ、その後カナダに移住しアートを本格的に学ぶ。独特の色彩表現で描かれた作品が早くから注目を集め、ニューペインティングの旗手としての評価も高い。






私が彼の作品を実際に目にしたのはポンピドゥーセンターの近代美術館内に常設されているこちらの作品でした↓
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そもそも「ニュー・ペインティング」とは何なのでしょう?
新表現主義(Neo-expressionism)は、1970年代後半から1980年代中ごろまで美術市場を支配した現代美術の様式である。ニュー・ペインティングとも呼ばれる。それまでのコンセプチュアル・アートやミニマル・アートの難解さにうんざりしていた美術界に熱狂的に受け入れられた。1920年代のドイツ表現主義-エミール・ノルデ、マックス・ベックマン、ゲオルゲ・グロッス-そしてその源流であるジェームズ・アンソール、エドヴァルド・ムンクら-を再評価し、その後継者をもって任じていた。乱暴な筆触、原色の使用、対比配色など、技法的には抽象表現主義の影響も受けている。主な画家は、ドイツのゲオルグ・バゼリッツ、アンゼルム・キーファー、アメリカのジャン・ミッシェル・バスキア、デビッド・サーレ、ジュリアン・シュナーベル、イタリアのフランチェスコ・クレメンテ、サンドロ・キアなど。


なるほど。私が先日取り上げたDANCE THROUGH LIFEの記事で紹介したエミール・ノルデさんもその一員だったのですね(再評価ですが)。皆さんご存知の大竹伸朗さんもこの中にあてはまるそうです。



ピーター・ドイグさんは言います。
「僕は自分の絵をリアリスティックなものなどとは全然思っていない。僕の絵は、目の前にあるものからというより、むしろ自分の頭の中から生まれたものだと思っている。」 *「ART NOW」(タッセン社)より
彼は、自分の経験や記憶から得たインスピレーションに誘発され、自身が撮り溜めた写真や広告写真や絵葉書などを利用して心象風景を描いています。幼い頃に暮らしたトリニダード(現在彼のアトリエがあります。)やカナダの美しい風景が織り込まれています。


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彼の絵に私は現在の音楽のジャンルでいうところの、チルウェイブを感じます。溶けて溶けてなくなっちゃう。現実逃避なのか、その景色が自分にとっての唯一の現実なのか、そんな事を思いながら鑑賞します。チルウェイブの有名なミュージシャンではWASHED OUTが昨年流行しましたが、この絵にあてはまりそうな音楽といえば最近デビューしたばかりの、GANG COLOURSのこの曲がピッタリだと思いました。ノスタルジーを感じる曲とマッチするピーター・ドイグの絵。このPVはもしかしたらドイグさんの影響があって作成されたのかも。






ロンドンに住んでいた時にナショナルギャラリーの印象派の人達の絵をよく見に行きました。その時に見た点画で原風景を描く画家のGeorges Seuratの「アニーエールの水浴」という作品を私はPETER DOIGさんの作品とリンクしました↓

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ジョルジュ・スーラ(スラ)(Georges Seurat , 1859年12月2日 - 1891年3月29日)は、新印象派に分類される19世紀のフランスの画家。スーラは、印象派の画家たちの用いた「筆触分割」の技法をさらに押し進め、光学的理論を取り入れた結果、点描という技法にたどりついた。スーラは完成作を仕上げるまでに多数の素描や下絵を制作して、入念に構想を練った。また、点描の大作を仕上げるには相当の時間を要したことと思われる。こうした制作方法に加え、31歳の若さで没したこともあって、作品の数は多くはない。


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現代アートに潜まれている文脈を探ることがとても楽しいものだと言う事がわかってきました。このブログを書き始めた頃は芸術作品を見ても何もかもが、何のこっちゃ?という感じだったのですが、今は正解ではないかもしれないけれど、自分なりにあの時見た絵と今見ている絵のリンク感じたり、自分が知っているカルチャーとリンクしているのでは?と自分なりの見解を持つ事がとても楽しいです。多くの絵や建築物、芸術だと思われる物をつなぎあわせてこれから探っていこうと思っています。



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GUY BOURDINを サーチ!サーチ!サーチ!

気分が悪い日や天気が悪い日は足下をつい見てしまいます。そこで目につくものは「靴」。女性の履いている靴に目がいきます。そしてそのまま靴を見ていて思い出すのが写真家のギイ・ブルダン


ギイ・ ブルダンは1928年生まれ、空軍在籍時に写真と出会い、その後パリのデパートでレンズ販売員やアメリカ領事館の仕事も経験もします。 その後画家として厳しい生活を経験後、1955年にフレンチ・ヴォーグ誌に見出されます。モダニスト写真のエドワード・ウェストンの影響を受け、 またマン・レイとも交友がありました。シュールリアリストの影響を受けた彼のファッション写真 は非常に独創性かつ挑発的。また複雑なストーリー性を持っていることが特徴でした。レイアウト、デザインにも才能を発揮し、見開きページでのイメージ展開は高く評価されます。1966年からはシャルル・ジョルダンの靴の広告キャンペーンを手掛け一気に名声を得ます。

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私が思い出す靴のイメージは赤いソールのクリスチャンルブタンではなく、ギイ・ブルダンが撮ったシャルル・ジョルダンなのです。シャルル・ジョルダンという靴ブランドに対してのイメージよりもギイ・ブルダンが見た写真世界、構図に圧倒的に魅了されました。エロティズムあり、猥雑さも感じる、でも、確かにこれは靴のブランドの広告です。


そんな彼の回顧展が2006年の4月にファッションマガジンのcommons&senseが協賛して東京都写真美術館で開かれました。彼の写真集のEXHIBIT Aを愛読していた私も勿論見に行き、カタログも買いました。
彼のヒストリーにもあるように画家を挫折した後にフレンチヴォーグ誌で写真家として認められていったわけですが、なるほど彼の写真の構図は画家であった経験からも来るものだったのかもしれないなと感じます。


シャルル・ジョルダン以外のイメージも世界観が統一されていて、猥雑なのに(そして妖艶)クールな仕上がりです↓
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鮮やかな色使いが明らかな特徴となっています。人物への寄り/引き、すなわち強弱が凄くなされていて、そこがさらに写真の力をより強くしているのだろうなと感じました。アートのコンテクストと同じでギイブルダンの写真にも様々な文脈があるに違いありません。1つには間違いなくエロスが含まれている、そしてそのエロスの幅が広い。ある時はサスペンス映画のように、ある時は挑発的なポルノのように。


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最後に映像を2本ご紹介します。
マドンナのこちらのPVのオマージュはギイブルダンの写真をそのまま視覚化しただけ↓




山口小夜子さん、デイル・ハドンさんが出演した1974年のVOGUEシューティング from Showstudio。





女性の美しさ、脚という存在の美しさを引き出すことが徹底的に上手だったギイ・ブルダンさんでした。
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Veronique Ellenaを サーチ!サーチ!サーチ!

Veronique Ellenaさんという写真家がGalerie Alain Gutharcで「INVISIBLES」という個展を開きました。何がINVISIBLEなのか写真をご覧頂ければわかるようになっています。ご覧下さい↓


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何がINVISIBLEかわかりますよね。確かにその場所はINVISIBLEです。その人にとって、その人だけが毎日住む場所なのでしょう。


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人が写っている写真も少しありました。何故この指輪をしているのかを考えるとゾッとしました。それは形見=思い出なのかもしれないし、それを通過した後でこの生活をしていると考えたら。。。この写真に写る人達は仕事をする意欲がなくて、こうなったわけではないのかもしれない。それは難民だったとか、亡命した後の話で、こうなってしまったとかそこにはきっと「理由」があったのだと思います。


アートは社会を写します。私達が住む日本でもホームレスの方が沢山います。仕事をする意欲があっても、仕事がないという現実はとても辛いです。「家」がないから住所がない。その日暮らししかできない。できる仕事も限られる。なんていう負のスパイラルなのでしょう。その日暮らしの労働者を描いた映画にイギリス人映画監督ケン・ローチ 「この自由な世界で」という映画があります。この映画の主人公のように「外国人労働者(不法移民含む)を企業に紹介する」という事業を行うことで労働者からお金を搾取する人もいる。資本主義の中に潜む「悪」がそこにあります。


私はVeronique Ellenaさんの今回の作品を鑑賞しながらそんな事を思いました。私がアートに感動している間も世界は刻一刻と悪い方向に向かっていく。日本の事を思うだけでも、馬鹿すぎる政府が被災地のがれきをたったの4%だけ回収して、それを全国に散らばらせる。そして日本国民全員を被爆させて、甲状腺がん、またはその他被爆に併設する病気の発症率をアップさせる。そうすれば、被災地付近、関東のみの突然死や病気の発症率がグンとあがっても、よその地域でも少しずつあがっていますよ、という結果のおかげで国民に責められないと思っている。なんていう馬鹿な政府なんでしょう。世界は悪くなっているんです。怖いです。今回のINVISIBLESを見て、1人で生活していく事の恐れ、怖さ、不安、そして最後に希望について考えさせられました。


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IKKO TANAKAを サーチ!サーチ!サーチ!

田中 一光(たなか いっこう、本名:たなか かずあき、1930年1月13日 - 2002年1月10日)は、日本のグラフィックデザイナー。奈良県奈良市出身。昭和期を代表するグラフィックデザイナーとして活躍した。グラフィックデザイン、広告の他、デザイナーとして日本のデザイン界、デザイナーたちに大きな影響を与えた。作風は琳派に大きな影響を受けている。


今回のポスターにもなったNihon Buyo↓
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田中一光さんのポスターワークが現在日本国内を回っているそうです。非常に興味があります。何故なら、田中さんが写真界の巨匠アーヴィング・ペンとファッションブランドISSEY MIYAKEとコラボレートしたこのポスターがとても好きだったからです↓


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一連のイッセイ・ミヤケシリーズは時代を超えて格好いいと言われるに違いありません↓
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とても構築的なイメージが打ち出されていて、イッセイというブランドが持つアートの側面が見える仕上がりです。タイポグラフィーも文字間がこの離れ具合がフューチャー感を増しているという部分を感じます。とてつもないほどグラフィカルです。
このイッセイのポスターのイメージに私はフランスのアートディレクター「ジャン・ポール・グード」が作成したグレイス・ジョーンズのイメージが交差しました。強い、固い、鋭い、というイメージを打ち出されるととても私は弱いです。魅了されます。ミニマリズムの表現に打ちのめされるのです。


こちらはグード氏が手がけたグレイス・ジョーンズ。3月中旬までパリでグードさんの回顧展があり、ばっちり見てきました。その中から1枚↓
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田中一光さんの他の仕事では簡略された記号的な美しさを持つイメージが好きです↓
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記号的に見えるようにされたデザイン。簡素であればあるほど、美しさが際立っています。シンプルイズベストという言葉が頭の中をよぎります。グラフィックデザイナーの仕事もとても芸術的だと思います。商業の真ん中でお仕事をしているのに、とてもアートの側面を持っている。田中一光さんが輝いていた1980年代の日本、東京に憧れがやみません。バブル前夜~バブルの時代に生きた/活躍したクリエイター達を羨ましく思うのです。クリエイティブな事に関して予算がある、寛容さがある、なんて素晴らしい時代なのでしょうか。今の時代なら、これらを行うには私達は今日本という国を出て活動しなければ得られないことも多いはずです。


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グラフィックデザイナーの仕事もまたアートであるを体現された方です。



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John Stezakerを サーチ!サーチ!サーチ!

コラージュを発見したのはジョルジュ・ブラックとパブロ・ピカソだそうです。
パブロ・ピカソ 籐編みの椅子のある静物
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ジョルジュ・ブラック 果物皿とグラス
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ブラックやピカソが気付いた新しい技法としてのコラージュが後に進化(?)していったわけですが、今回紹介するのはJohn Stezakerです。私が彼を知ったのはロンドン芸大で講師をしているマーティン先生によるものでした。

John Stezaker(ジョン・ステザカー、1949―)のコラージュは、2、3枚のブロマイド・絵葉書・ポスターなどの素材をきわめて少ない手数によって加工して成り立っている。


これはもうホラーの世界です。トランスフォームしてますね↓
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単純な構成なのに美しい表現↓
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この人の頭の中にはこのような風景が広がっているのでしょうか。
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それとも頭の中こそが宇宙というのを現したのでしょうか。鑑賞者の考えは自由です。
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2つの顔が交差しているのは感情を現しているのでしょうか。
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シルエットが交差するというだけで何か儚い気持ちが蘇ります。
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2人の先にあるものは・・・↓
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ありえないものとありえないものをくっつけて新しい形・イメージを表現するのがコラージュの醍醐味です。彼の作る作品の1つ1つが確かにスタイリッシュだなと思います。この表現は今の時代なら沢山溢れているから何とも思えないかもしれませんが、1970年ぐらいの時点で表現していたと考えると大分お洒落な人なんだろうなと思います。


ロンドンのWhitechapel Galleryで昨年の1月〜3月まで展示が行われていました。ロンドン芸大の授業でもコラージュの作成という課題があったのですが、コラージュの難しさは作っている本人は楽しいけれど、それを鑑賞する人にとっては作者の自己満足にしか見えないことです。これなら私にもできる!と思える簡単さがコラージュの魅力でもあるので、相反する部分もあります。


John Stezakerさんの作品はこの分野の開拓者の1人でもあるので、一概に物は言えません。しかし、彼のコラージュを見たおかげで私にとって表現の幅は押し広げられました。何か部屋に足りないなと思った時に気軽に作れるアートとしての役割を果たしていると思います。この記事を書いているうちに何か作りたくなってきました。。。


以前紹介したPETER KLASENさんの表現方法もコラージュの一種なんだなと思いました。


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Yoshinori Sunaharaを サーチ!サーチ!サーチ!

前回取り上げたのがグラフィックなアートでした。それを音に変えたなと思うのが2001年に出た砂原良徳a.k.a.まりんのLOVEBEATというアルバムです。まさに大人の洗練された音楽です。


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このアルバムが出てもう10年が経つなんて信じられません。音がグラフィカルでミニマルな音。そんな音があるのかと思いましたがこのアルバムはどこをどう切ってもグラフィクが音になっています。アンビエントとしてもエレクトロニカとしてもミニマルミュージックとしても聞けます。














こちらは最新アルバムの曲↓




LOVEBEATは品がある音楽なのでオススメです。どの景色にもハマる優れた音楽です。引き算の美学はコーネリアスのPOINTもとても素晴らしいけれど、POINTよりも個人的にはLOVEBEATの方が好きでした。どちらも日本人らしい美学が音に詰まっている気がします。日本の建築で引き算の美学といえば「桂離宮」がそれにあてはまります。海外の建築で言うと、ル・コルヴィジェのサヴォワ邸になるのではないでしょうか。このLOVEBEATの音の感じが私の中でこれらの建物とリンクしているのです。これらの建築をイメージして音の世界に埋もれました。


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音楽が良い部分ははたったの3000円で素晴らしいアートに出会えるということ。誰にでも手の届く価格でその音楽を自分の物にできる。良質の音楽は間違いなくアートですね。



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Galerie Marinoを サーチ!サーチ!サーチ!

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PETITS FORMATS」という展示が行われていたGalerie Marino。複数のアーティストのアーカイブを紹介する形がとられて展示されていました。私なりに各アーティストの展示物とそれ以外のアーティストをまとめたのでご紹介します。


Geneviève Claisse フランス出身 1935-
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Michel Seuphor - 1901、アントワープ(ベルギー) - 1999、パリ。生まれ故郷のベルギーで、早くから抽象芸術を擁護する前衛雑誌『ヘット・オヴァージヒト Het Overzicht 』(1921年-1925年)を推進し、パリに移り住む(1925年)以前、ダダにわずかに接近した。アルプ、デルメ、モンドリアンと交流し、やがて「衰えつつあるシュルレアリスムと抽象芸術のあいだの通行 un passage entre le surréalisme déclinant et l'art abstrait 」を画策する。
Michel Seuphor1


Michel Seuphor2


Michel Seuphor3



Carlos Cruz Diez 1923- ベネズエラ、カラカス生まれ。1960年代にキネティックアートが台頭して以来、その分野の代表的作家の一人としてパリを拠点に活躍している。
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Cruz Diez2


Cruz Diez3


Cruz Diez4


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Fransois Morellet 1926年パリ生まれ。1956年に発表された作品の2トーンカラー使いが有名。
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François Morellet2


François Morellet3


François Morellet4



Carlos Cruz DiezさんとFransois Morelletさんの作品を見て思い出したのがJOY DIVISIONのUNKNOWN PLEASURESというアルバムの事です↓
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こちらをデザインしたのがPeter Savilleさん。Peter Savilleさんについては好きすぎてどうしようもない程なので時期を見てまた別に取り上げます。

音楽性はこんな感じです。ボーカルのイアン・カーティスが自殺して残ったメンバーでNEW ORDERが結成されます。

誰がこの時にバーナードが歌を歌う事を考えたでしょうか。今でも色あせないポストパンクの名曲!


私はNEW ORDER - JOY DIVISION - PETER SAVILLEの組み合わせに多大なる影響を受けました。NEW ORDERのおかげでダンスミュージックにハマったし、ロックにも目覚めます。JOY DIVISIONのおかげでNEW WAVEやGOTHの世界に興味を持ちます。PETER SAVILLEのアートワークが格好よくて、グラフィックデザインに興味を持ちます。それらがイギリスからやって来た事でイギリスのカルチャーに惚れ込んだのです。

今回見た展示を見て、私はPETER SAVILLEの事をすぐ思い出しました。彼がNEW ORDERやJOY DIVISIONに施したアートワークの源がここにあるのだなとすぐわかりました。格好いいグラフィックはもうもしかしたら出尽くしているのかもしれない。そんなことも思ったりしました。だから、今の時代は先端技術を駆使して3Dデザインになったり、平面ではなく奥行きをリアルの世界で感じさせるような工夫がされているのかもしれません。デザインの未来はどこにあるのだろう。もしかしたらトランスフォーマーや昨日紹介したプレデターのようなヒト×何かのミックスが未来のデザインになるかもしれない、そんな事を予感したのです。







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Galerie Eva Hobberを サーチ!サーチ!サーチ!

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NICOLAS DARROTさんの展示はSF感が全開でした。ともすれば恐怖さえ感じるし、前向きに捉えればこれは未来以外何ものでもないなという感じもあります。これってもはやプレデターの世界観なのかなとも。


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昆虫とプラモデルのミックスは未来感が全開ですよね。トランスフォーメーションそのものだなと思いました。いつか私達の地球の生物もこんな風に変化していくと考えたら恐怖も感じました。映画「第9地区」のように共生できるのかな。ちなみに標本にされているのは(腕以外)ホンモノのバッタにプラモデルをミックスさせています。そしてこれらの展示を見て思い出すのが我々人類は今まで数多くの動物実験をしてきたこと。そのおかげで新しい薬が開発されたり、ウイルスから逃れたりして助かっているのですが、人間のエゴというやつはとてつもないほど大きいものだなということを地球視点で考えてしまいました。いつかこんな展示物のような宇宙人に地球は乗っ取られる日が来るかもしれない。。。とても好奇心を刺激される怖い展示でした。



何度見ても恐怖を感じる腐食した腕を食べるプラモデルの昆虫↓
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galerie metropolisを サーチ!サーチ!サーチ!

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「HIGHLIGHT PARK」と名付けられた展示。ギャラリーに入ってすぐに現れるのがスケートボードのリンク(ハーフパイプ)。ペインティングしたのはJulien COLOMBIERさん。


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ギャラリーの奥に進むと彼が描いたペインティング作品が幾つか展示されています。
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スケートボードの記事では過去にはケネス・カペロのACID DROPを取り上げました。


この5年ぐらいで忘れられないスケートボードカルチャーの美しさを取り上げた写真集でもう1つ。
平野太呂さんの「POOL」という写真集です。

平野太呂 - 武蔵野美術大学で現代美術としての写真を学び、その後講談社のアシスタントを勤める事により、より実践的な撮影技法を学ぶ。スケートボード専門誌『SB』起ちあげに関わり、フォトエディターを勤める。近年は『SB』にて専門的なスケート写真を、マガジンハウス『relax』にてスケートボードのカルチャーについての記事を企画、提供している。その他にもCDジャケット、ファッション誌、カルチャー誌等で活躍中。プライベートや取材などで広がった国内外の交友関係を生かし、さまざまなアート活動をしている人達の発表の場になればと2004年渋谷区上原にギャラリー『NO.12 GALLERY』を起ちあげる。アメリカ各地で開催された”BEAUTIFUL LOSERS”展にマーク・ゴンザレスと共同で制作したジンを出品。

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プール・スケーターはまず、空き家や廃墟にある使われていないプールを見つけることから始まる。「売り出し中」のサインがある家を狙ったり、時にはセスナをチャーターし上空から探すこともあるという。やっと見つけることができたとしても、通常はゴミが溜まりヘドロ状になっていたり、時にはプールの中に注射器が散乱していることもある。彼らはまず大きなゴミをプールから排除し、持参したモップでプールをきれいに掃除する。仕上げに排水溝等の障害物をガムテープで塞ぐ。この一連の作業を終えるとようやくプール・スケーティングを楽しむことができる。しかし、不法侵入であるこの行為に長居は禁物で程よく滑ったら次のプールへと移動して行くという。


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スケートカルチャーの事を詳しく分からなくても、このスケートリンクに変貌を遂げたプールの事をただただ美しいと思うばかりです。関係あるのはリンクのことだけなのですが、今回のこのJulien COLOMBIERさんの展示を見て最初に思い出したのが平野さんのPOOLの事でした。ハーフパイプに描かれたジュリアンさんのペイントはまるで闇の森に潜む寄生植物を連想させました。ただ簡単に美しいというわけじゃなくて、背景に黒を選んだ点でもジャングルに潜む闇の部分も描かれているようにも見えます。


音楽で言うとこんな感じを妄想しました↓




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Françoise Niellyを サーチ!サーチ!サーチ!




ファッションショーの合間に見て来たのがこの人の絵でした。
Françoise Niellyさん。実際に私が撮ったgallerie menouar内の動画はコチラ↓




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パリモンマルトルにて活動を行うFRANCOISE NIELLYさん。彼女のお父さんは建築家で、カンヌとサントロペの近くすなわち南フランスで幼少期を過ごしたのが彼女の絵に多大なる影響を与えたそうです。確かに色の鮮やかさ強さは南フランスの陽の高さ強さを感じます。重厚な色のレイヤーも建築からの影響がきっとあるのでしょう。



丁度この絵を見たのがファッションショーの後でした。
ファッションショーの合間にギャラリーを巡っていた時に個人的に多くの事を感じました。ファッションっていったい何だろう?って。このFRANCOISE NIELLYさんの絵が美しかったから余計にそんな事を思ったのかもしれません。ファッションにはアートの側面も確かにあります。チャラヤンだとアート過ぎるから着れないけれど、見る分には美しいし、ギャラリーを巡った気分になれるし、ギャルソンならアートを身にまとえる気分を味わえる。それがモードのファッションの良さだよな、とパリコレ期間中だったからそんな思いも馳せたりしました。

私がファッションにハマったきっかけの1つがCOMPOSITEのイラスト特集だったんです。COMPOSITEはリニューアルする前のこのフォントだった頃が凄く好きでした。00年代前半のCOMPOSITEとDUNEとcommons&senseの3誌にとにかく夢中でした。それぞれの編集長の魅力が詰まった雑誌。日本にも海外と同じかそれ以上の志を持ったワールドワイドなファッションカルチャー誌があった事が凄いと思います。



コンポジット。Relaxとは別のベクトルのインテリジェンスの匂いがする読ませるコンテンツが沢山ありました。
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昔のコモセン。この頃のオルタナティブ具合は格好よかった。今はワールドワイドなモード誌としてメジャーな存在です。
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DUNE。編集長林さんのストリートから見た切り口が文章に沢山現れていて、日本のGONZOだなと勝手に思っていました。ローリングストーン日本版で寄稿していた辺鄙な場所のコラム(メキシコティファナの奥地に住む若者と行動したりするやつ)も大好きでした。
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話が大分逸れてしまいました。FRANCOISE NIELLYさんの絵を見て私の中にある様々な過去の思い出がリンクしたことを書いていて実感しました。彼女の絵にファッションを感じてノスタルジーな気分になりました。ストリートとアートの交差点が垣間見えて、私が影響を受けたカルチャーを思い出したのだと思います。記憶を呼び起こすアート。アートって、人に色んな感情を与えるんですね。


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GALERIE ERIC MIRCHERを サーチ!サーチ!サーチ!

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亀の甲羅のようなものに金属が刺さってるので気になり、扉を開けてみました。



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XUE SUNさんの展示はご覧頂いたようにまるで恐竜のような標本がメインでした。おたまじゃくしのようであったり、ちぎられた恐竜の手のようだったり、指がバラバラに飾られたり。そこに隠された意味はなんだろう。分解された恐竜の欠片は不気味というよりユニークで小さなギャラリーに飾られている事実にユーモアさえ感じます。恐竜っていったい何だったんだろう。今もし恐竜がいたら私達人間は恐竜と共存できたでしょうか、きっとできないだろうな。アートを通じて歴史を想う、そんな一日でした。


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GRIMESを サーチ!サーチ!サーチ!







人気が出始めているGRIMES。
PVだけを見るとエレクトロポップか。。。(そしてありがちなお洒落イメージ全開のPV)そんなに興味が湧かないなと思っていましたが、LIVE映像を見たら考えが変わりました。非常に格好いいです。30分弱の映像ですが、宅録アーティストの魅力が全開につまっているライブなので是非ご覧頂きたいです。↑のPVと比べてみても、明らかにライブの方に魅力を感じる事間違いなし。ライブ映像↓



不思議な魅力、Incredible!!!
4ADに所属できた実力に偽りなしという事を感じざるを得ません。
BJORKに通じる作詞作曲のできるインディペンデント型ミュージシャン。トラックはシンセ・ポップあり、声だけ聞くとゆるふわ系なんだけれど、浮遊感にドリームポップの匂いも感じます。声の重層には最近ではコーネリアスのプロデュースしたSalyuを思い出しました。



























これら影響/匂い(それぞれの音楽性、インディペンデント具合、軽薄な部分、コアな音楽性の部分、お洒落さ、ポップさなど)同時代性などを感じるのがGRIMESだなという私の考察でした。
ちなみにele-kingで野田さんはグライムスをこう表現していました「パンダ・ベアとアリシア・キーズからの影響を、ダフト・パンクを非情にも串刺しにしたようなエレクトロ・ポップのなかにミックスしている。」わかりやすい!



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GALERIE LAURENT STROUKを サーチ!サーチ!サーチ!

私にはギャラリーの知識がほとんどありません。だから、どのギャラリーが世界的に有名なのかを知るのはこのブログを書いている時に知るわけです。「あ、あの昨日行ったギャラリーって凄く有名なアーティストばっかり扱っているところだったんだな」そんな事がパリにいるとしばしばあります。


今回紹介するGALERIE LAURENT STROUKもその1つでしょう。
サンジェルマン・デ・プレにあるギャラリーの数は本当に夥しいほどで、ギャラリーの隣にギャラリー、そのまた隣にギャラリーといった具合で、世界的に有名な絵から、新進気鋭のアーティスト、古代の仮面まで何でもありといった具合です。街中にはこんな彫刻までそびえ立っていました↓(ちなみに奥に見える2軒ともやはりギャラリーです)


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GALERIE LAURENT STROUKは現代のとても有名なアーティストを取り扱うギャラリーのようです。
キースへリング、ウォーホール、ダミアンハースト、イブクライン、ジャンミッシェルバスキア、ロイリキテンシュタイン、ウィリアムクラインなどなど芸術に対して若葉マークの私でもファッション感覚でこれらの人達ぐらいは知っています。大物ばかり、いつでも大きな展覧会が開けますよね。


現在はFC SOFIAさんの展示を行っています↓


このお面も確かにどこかで見た事ある作品だよな〜。。。DOMESTICという作品。
ともすればドコモダケに見えるヘルメットにキーホルダーを重ねただけのアート作品も過去の歴史を破壊して、再構築させる新たなアートの文脈を作りあげた作品に違いないのでしょう。並べられているキーホルダーにミッキー、ハローキティ、ベティなどなど。象徴的なものが使われています。それがアンチテーゼなのか肯定しているのかはわからないのですが。
アートは知的に楽しむ、知的ゲームでもあるという側面を持っているので現代アートは文脈がとても大切だそうです。そこを無視するとこれらのアートを語ることができません。だから、沢山のアートを見て、過去にあったものと今見ているものの繋がりを考えて今見ている作品の奥に潜む解釈を感じるべきだということを最近学びました。それだけじゃなくて、時事もフォローする。それが文脈を知ることですよね。



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私がこちらのギャラリーに行った時はFC SOFIAさんが展示をする前で、PETER KLASENさんのペインティングが飾られていました。ご覧ください↓


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PETER KLASEN-1935年生まれドイツ出身。1961年に↑に紹介したsections of women's bodiesを始める。1963年からパリ在住。



コラージュをペインティングで表現していました。
セクシャルな表現はヌードや女性を取り上げているというだけで伝わりますが、それと対比するようなマッチョな車のパーツ=メーターや金属の類のアイテムがミックスされて描かれています。散乱したフォトペインティングがキュビズムにもみえる表現もある。金属とヌードの組み合わせが映画ブレードランナーのような昔の人が見た未来にも見える。紹介した作品が1960年ぐらい〜現代までと分かれているのですが、首尾一貫したテイストは感じます。


沢山アートを見始めました。
何が好きで何が嫌いなのかもよくわからないまま見始めたけれど、毎日見て調べていくと、自分の「好き」も少しずつ見えてきたし、見る経験を増やすことによって、新しく見たアートに対して、今まで見たアートとの接点を少しずつ感じれるようになった気がします。継続は力なりなんだなということに気付き始めました。



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サーチです。
サブカルチャーに憧れた思春期を過ごし、ロンドンの某芸術大学の門をたたく。その後、メジャーとサブカルの両方をこよなく愛するように。世界中のアート、音楽、ファッションをちょっぴりサブカルの視点から紹介します。アートは若葉マークにつきご注意下さい。

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