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ポンピドゥ・センターを サーチ!サーチ!サーチ!

建築物に興味がわいてきたので、いつも中の美術館や展覧会の様子ばかり記事にしていたのですが、今回はそれの外観でもあるポンピドゥ・センターを調べてみようと思います!


ポンピドゥセンター1
ポンピドゥー・センター(Centre Pompidou)は、フランスの首都・パリ4区(セーヌ川右岸)にある総合文化施設で、正式名称はジョルジュ・ポンピドゥ国立美術文化センター(サントル・ナシヨナル・ダール・エ・ド・キュルチュール・ジョルジュ・ポンピドゥ、Centre National d'Art et de Culture Georges Pompidou)という。レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースが設計し、1977年開館。名前は、フランス第五共和政の第2代大統領で、現代芸術の擁護者でもありこの施設を発案したジョルジュ・ポンピドゥーにちなんでいる。様々な形態の同時代の芸術(現代美術や現代音楽、ダンス、映画など)のための拠点をパリ中心部に設けようとの意図から計画されたセンターである。


ポンピドゥセンター2
レンゾ・ピアノ(Renzo Piano、1937年9月14日 - )はイタリアを代表する建築家・建築士。1937年、ジェノヴァで建設業を営む家に生まれる。フィレンツェ大学への2年の在籍を経て、1964年、ミラノ工科大学卒業。フランコ・アルビーニの下で働いた後、1965年、スタジオ・ピアノ設立。1960年代後半は、オリベッティ・アンダーウッド工場の設計でルイス・I・カーンの共働した。 1970年から1977年にかけて、リチャード・ロジャースと共に建築設計事務所「ピアノ&ロジャース」を共同主宰。建築設計競技で勝ち取ったポンピドゥー・センターの設計を共同で進めた。1977年から1980年にかけては、構造家のピーター・ライスと共同でピアノ&ライス&アソシエイツを主宰した。

主要な作品としては、国際舞台に衝撃を与えたポンピドゥー・センター、20世紀の建築におけるエンジニアリング・構造設計の最大の成果である関西国際空港旅客ターミナルビル設計、ベルリン・ポツダム広場の再開発にあたってのダイムラー・シティのマスタープラン設計であろう。いずれも、巨大建築に求められる技術的課題に応え、国際空港の象徴性やベルリンの周囲の歴史的文脈などといったものにも配慮をしている。



ポンピドゥセンター9
リチャード・ロジャース卿(Richard George Rogers, 1933年7月23日 - )は、イギリスの建築家。リバーサイド男爵(Baron Rogers of Riverside)という一代貴族の位も持つ。彼の建築はモダニズム建築の影響を受けた機能主義的なデザイン、およびハイテク志向の建築デザインで知られている。

ロジャースはフィレンツェに生まれ、ロンドンの建築学校である英国建築協会付属建築専門大学(Architectural Association School of Architecture、通称AAスクール)で学び、1959年ディプロマ取得。卒業後はアメリカへ留学。イェール大学大学院を1962年に卒業した。イェール大学でロジャースは同じく学生だったノーマン・フォスターと知り合い、イギリスに帰った後でフォスターおよび自分たちの妻(スー・ロジャース、ウェンディ・チーズマン)の4人の建築家とともに「チーム4」という建築の実験集団を結成し、ハイテク志向・工業志向のデザインで評判を得た。

1967年にチーム4が解散した後、1971年、ロジャースはレンゾ・ピアノと組んでパリのアートセンター・「ポンピドゥー・センター」のコンペで勝利した。ポンピドゥー・センターは、以後のロジャースを特徴づける様式(建物の内部空間をすっきりさせるために、水道管、冷暖房ダクト、電気パイプ、階段など建物の共用施設をすべてむき出しのまま建物外部にさらし出す)を確立させた作品であった。ポンピドゥー・センターは現在はパリのランドマークの一つとされ高く評価されているが、建設当時はまるで化学工場のような外見は賛否両論であり、口さがない評論家らは内部を外部にさらけ出した姿を「内臓主義(bowellism)」と呼んだ。以後、ロイズ・オブ・ロンドン本部ビルなど、同様の傾向の建物を多く設計している。



レンゾ・ピアノは関西国際空港の設計者だったのですね。日本にも馴染みがありますね。ロジャースとノーマンフォスターが同時期に同じ学校に通ってその後にチームを組んでいたという事実は衝撃でした。今じゃお互いちょう巨匠です。建築家同士で組むというのはお互いの仕事の役割はどんな風に分かれているのでしょうか。


ポンピドゥセンター3
1971年の国際設計競技の結果、レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャースの案が選出された。ジャンフランコ・フランキーニやピーター・ライスなども協力して設計された建物は、重さを支える柱などの構造や、建物の共用部分である電気・水道・空調などの配管、階段・エスカレーターも外部にむき出しにさせている。内部は柱やパイプスペースなどがなくなった分、広々とした空間が広がり、様々な展覧会に対応できるフレキシブルな可動壁を備えていた。
彩色されたむき出しのパイプとガラス面で構成された外観は現代的を通り越して前衛的と呼べ、建物自体がひとつの芸術作品であるといえる。だがパリは伝統的な建築物が多い都市なので、開館当時はパリ市民の間では賛否両論があり、一部の人からは「いつ完成するのですか?」との質問もあったという(むき出しの鉄骨を見て「建築中の建物」と勘違いした)。現在では多くの観客を集めているほか、最上階はパリ展望スポットとして人気がある。



ポンピドゥセンター8


確かにこのむき出しのチューブ、パイプ、鉄骨の数々と近隣に建つ教会や歴史的建造物のコントラストが凄いので、建てた当時に非難があったこともわかる気がします。私自身もう何度もこのチューブのエスカレーターに乗って、美術館に立ち寄ったり、屋上のカフェレストランに行ったり、第一日曜日の無料を利用して屋上からの景色を眺めたり近所だったこともあって、存分に楽しませてもらいました。
カラフルなパイプもまるでレゴにありそうなイメージでとても可愛らしいなと思います。モダニズムと全く反対なこの建物はいい意味でキッチュだなとも感じます。キッチュな工場にも見えます。


ちなみにリチャード・ロジャースは京都の烏丸御池にある「新風館」という建物も日本の会社との共同設計で建設しました↓ 
sinpunaka.jpg

が、これは個人的には失敗だと思います。入っている施設はヴィレッジヴァンガードぐらいしか見るものはないし、何より、動線が考えられていないのか、人の流れもよい感じではない。ただのポンピドゥをなぞったむき出しのパイプも何かが足りなくて、重厚感がないです。何度か行ったことがあるから、その悲しさが比較できるのです。巨匠もやっつけ仕事をするのかなと思ってしまいました。再興した方がいい建築物です。せっかく京都のいい立地にあるのに残念な建物。


ポンピドゥセンター4


夜のポンピドゥ・センターもまた魅力を感じます。パリコレクション時に乗るバスではボザール美術学校からマレの会場に移動する時などこのポンピドゥ前をよく通るのですが、初めて見た時の印象はなんだか子供っぽい子供だましな建物だなと思っていたのも、近所に引っ越して何度も見ているうちに愛着もわいてきたのです。やっぱり身近なところにある建物って、いい悪いを通り越して愛着がわくものなんだなというのを実感するのでした。



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まとめteみた.【ポンピドゥ・センターを サーチ!サーチ!サーチ!】

建築物に興味がわいてきたので、いつも中の美術館や展覧会の様子ばかり記事にしていたのですが、今回は思います!ポンピドゥー・センター(CentrePompidou)は、フランスの首都・パリ4区...

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サブカルチャーに憧れた思春期を過ごし、ロンドンの某芸術大学の門をたたく。その後、メジャーとサブカルの両方をこよなく愛するように。世界中のアート、音楽、ファッションをちょっぴりサブカルの視点から紹介します。アートは若葉マークにつきご注意下さい。

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