スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ジャン・デュビュッフェを サーチ!サーチ!サーチ!

愉快な夜(1949年)
img_1512721_40261270_3.jpeg



子供の原初的な感覚を持ち、人間の根源的な衝動が絵に現れていると思う。


この絵を見て何も感じない人はいないだろう。破綻している。お笑い番組「テベ・コンヒーロに登場した小梅大夫の一週間の紙日記」のような絵だと思う。私たちが子供の頃に描かされた絵はこのようなものだったはずだ。

絵は自由であっていい。そうあるべきだ。絵に向かう気持ちを変えるきっかけになった作品。



冬の庭@ポンピドゥセンター
P1050956.jpg


P1050955.jpg


こちらの作品は部屋のようになっており、作品の中に立つことができる。


o0300044310259094136.jpg


線の岩という感覚。線の歪みが平衡感覚を失わせる。洞窟のように窪みも沢山あった。ジャクソン・ポロックとは違うベクトルの線の使い方。白い部屋に線があるだけでドラゴンボールの神の部屋を連想させた。ここは神聖な場所なのかもしれない。



ジャン・デュビュフェ(Jean Dubuffet, 1901年7月31日 - 1985年5月12日)は、20世紀のフランスの画家。アンフォルメルの先駆者と見なされ、従来の西洋美術の伝統的価値観を否定して、「生の芸術」を提唱した。
デュビュフェはフォートリエ、ヴォルスらとともに、アンフォルメル(「非定形」の意。1950年代に盛んになった前衛美術運動)の先駆者と見なされ、20世紀美術の流れをたどる上で重要な画家の一人である。彼は、若い頃にパリで絵画を学んだこともあったが、やがてワイン商をしていた父の仕事を継いだ。本格的に画家として立つことを決意したのはかなり遅く、40歳を過ぎてからのことであった。
彼は1946年、パリのルネ・ドゥルーアン画廊で「ミロボリュス・マカダム商会、厚塗り」という奇妙な題名の個展を開く。マカダムとは、道路のアスファルト舗装工法の基礎を築いた人物の名前である。実際、この個展に展示された作品群は、砂、アスファルト、ガラス片などを混入した、まるで道路の表面のような厚塗りの画面に子供の落書きのような筆致で描かれたもので、見る人を困惑させた。この「厚塗り」展は、同じ頃にドゥルーアン画廊で相次いで開かれたフォートリエの「人質(オタージュ)」展(1945年)やヴォルスの個展 (1947年) とともに、第二次大戦後の西洋美術の新たな出発を告げるとともに、アンフォルメルなどの1950年以降の新たな美術の流れの原点に位置するものと言える。
デュビュフェは従来の西洋美術の洗練された技法や様式、巨匠の名人芸といったものに価値を認めなかったばかりか、西洋文明そのものを痛烈に批判し、子供、「未開」人、精神障害者などによる絵画をアール・ブリュット=生の芸術と呼んで賛美した。彼は精神障害者らの絵画を収集し、展示したこともある。1976年、デュビュフェの蒐集した作品をベースに、スイスのローザンヌにアウトサイダー・アートの美術館であるアール・ブリュット・コレクションが開設された。1985年にパリで死去。




人気ブログランキングに参加しております。下記リンクをポチッと1回クリックして頂けますと励みになります。→ 人気ブログランキングへの応援はコチラをクリック
人気ブログランキングへ

トラックバック:


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめtyaiました【ジャン・デュビュッフェを サーチ!サーチ!サーチ!】

愉快な夜(1949年)子供の原初的な感覚を持ち、人間の根源的な衝動が絵に現れていると思う。この絵を見て何も感じない人はいないだろう。破綻している。お笑い番組「テベ・コンヒーロに...

コメント:

コメントの投稿


非公開コメント:

カレンダー
ランキング
カウンター
プロフィール

search

Author:search
サーチです。
サブカルチャーに憧れた思春期を過ごし、ロンドンの某芸術大学の門をたたく。その後、メジャーとサブカルの両方をこよなく愛するように。世界中のアート、音楽、ファッションをちょっぴりサブカルの視点から紹介します。アートは若葉マークにつきご注意下さい。

ブクログ始めました(私の本棚)↓
http://booklog.jp/users/search123

カテゴリ
月別アーカイブ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
リンク
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。