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アカバの族長たちを サーチ!サーチ!サーチ!

レオン・ボナ " アカバの族長たち(アラビア・ペトラエア)" 1872年

Arabian Sheikhs in the Mountains



レオン・ジョゼフ・フロランタン・ボナ(Léon Joseph Florentin Bonnat, 1833年6月20日 - 1922年9月8日)は、フランスの画家。ボナはバイヨンヌで生まれた。1846年から1853年にかけて、父親が本屋を経営していたスペインのマドリードで暮らした。そこでライムンド・デ・マドラーソ・イ・ガレタ(Raimundo de Madrazo y Garreta)から絵の指導を受けた。
父の死後、バイヨンヌに戻ったのち、1854年にパリへ移る。エコール・デ・ボザールで学び、肖像画家として知られるようになった。ボナの肖像画にはベラスケスなどスペインの写実主義の影響が強く見られる。
1867年にレジオンドヌール勲章(シュヴァリエ章)を、1869年にはサロン賞を受賞し、初めて芸術アカデミーのサロン審査員に選出される。以降、保守的なサロンの重鎮となった。1888年、ボナはエコール・デ・ボザールの教授となり、1905年5月にはポール・デュボワ(Paul Dubois)の後を継いで学長となった。
生き生きした肖像画の他、パンテオンにある『聖ドニの殉教』といったテーマ画も有名である。
ボナの教え子には、アルフォンス・オスベール、ギュスターヴ・カイユボット、マルク・オーレル・ド・フォワ・スゾール=コテ(Marc Aurèle de Foy Suzor-Coté)、ジョルジュ・ブラック、ラウル・デュフィ、モーリス・ヴァセロン(Marius Vasselon)、フレッド・バーナード(Fred Barnard)、アロイジアス・オケリー(Aloysius O'Kelly)アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックなどがいる。1922年9月8日、オワーズ県モンシー=サンテロワで没。



部族の人達が主題の絵は宗教画などよりも個人的に引き込まれます。なんでだろう。白人が描く、白人の生活や白人しか出て来ない物語の世界ばかりを中心に見せられる美術の世界よりも、白人も黒人も混在するリアルな世界をちゃんと見せてくれている気がするからなのかな、なんて思ったりもするのです。この絵を描いた人は白人なんですけれども。


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サーチです。
サブカルチャーに憧れた思春期を過ごし、ロンドンの某芸術大学の門をたたく。その後、メジャーとサブカルの両方をこよなく愛するように。世界中のアート、音楽、ファッションをちょっぴりサブカルの視点から紹介します。アートは若葉マークにつきご注意下さい。

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